「ナイラ様。」
僕が部屋に帰ると、ルピーが頭を下げた。
そんな事しなくてもいいと、ナイラはいつも言うが…ルピーは絶対にきいてくれない。
「お休みでしたら寝台の方へ。」
「ん、いいや。長椅子で寝るの好きだから。」
「ナイラ様…」
溜め息をつかれても仕方ない。ナイラは昔からそれが好きなのだから。
「では、掛布をお持ちしましょう。」
それだけ言うと、続きの寝室に入っていった。ナイラはクッションを一つ抱え、長椅子に寝転がる。
「お休みなさいませ。」
軽く目を閉じていたら、ルピーは柔らかい布を掛けていってくれた。
こうしていると、まだ小さかった時の事を思い出す。暗い所で一人で寝るのが嫌いで、よくレアルの書斎の長椅子で寝ていた。暗闇で見る悪夢は何度夢だと言い聞かせても怖かったのだ。赤く染まった部屋…自分の顔についたルピーの血…自分のせいでルピーは消えない傷を負った…。でも、もうそんな夢は滅多に見ない。レアルは仕事が終わると寝室まで運んでくれて…運ばれている途中で目を覚ますと本を読んでくれた。暗闇は怖くなという事、夜空や月明かりがとっても綺麗だという事…全てを教えてくれた。
いつもナイラはルピーと一緒にレアルの傍にいた。
ナイラが守りたいのは自分の家族。他の何よりも大切なものだ。
人の気配の無いくなった部屋で、さっきのレアルの言葉を思い返す。
睨んだ通り…それはつまり、あの娘が全てのスペルを統べる能力者…スペルエンペラーだということ。
ナイラがクロ達に捕まえて欲しいと頼んだのはあの娘が好きだからではない。
「寝てるか?」
突然バーツの声がした。
「寝てるよー。」
「あのな…。」
目を瞑ったまま答えたので少々ムッとしたようだったが、すぐに普通の調子に戻る。
「まぁ、寝る子は育つらしいしな。」
「あ、喧嘩売ってるねソレ。僕が気にしてるの知ってるんだもん。まぁ…でもそうだね。
しっかり寝てバーツより大きくなるから楽しみにしてて。」
目を開けてちらりと見上げてみる。…バーツより高いのはちょっと大き過ぎるかもしれない。
「その顔でそんな背だったら不釣り合いだ。」
「つーん。」
ま、そうなのだが。正しいとは思うのだが。
「んな事はどうでもいいんだ。お前…何をするつもりだ?」
「何って?」
「とぼけるな。例の娘は何者だ?そしてお前は何をしようとしてる?」
バーツの目は真剣だ。
「…あのね…」
言い逃れは無理だと感じ、身体を起こしてバーツを見つめる。
「この国の、革命がしたい。」
「…は!?」
「本気。で、父さんと母さんを殺した奴等に復讐する。」
「待て、殺した奴等は…」
「バーツが始末してくれたよね。でも、命令した奴は今も平気で生きてる。それが許せない。どうして父さんと母さんは殺されたの?どうして師匠はあんなに悲しそうな目をするの?どうして僕は死ななきゃいけないの?ルピーの顔だって…僕をかばって…。」
「ナイラ…」
そう、あの場でユーロを諦めてもらったのも、彼女を美味しくしたかっただけだ。
まぁ…美味しいというのは例え話だが、そうとしか言いようが無い。
エルフの身体は人間と違って魔力の詰まった液体の流れる管がある。
「僕の身体にも魔力の管はあるんだ。だから、そこに魔力を注げばいい。」
「お前…まさか!」
生きた妖魔やエルフから…
「僕…もう嫌だから。なるよ、悪魔にだって。」
ナイラは法力が使える。魔力の管もある。だからそこへ他の魔力を持った生き物から“ご馳走”になればいい。
色々な経験を積むと魔法も変化するし、味も良くなるらしい。厄災子といたら嫌でも色々な事に巻き込まれる。もう都の近くだし、来てから捕まえても遅くはない。
とりあえず、あの娘と仲良くならないといけなかった。
何故って?信じさせて突き落とすのが一番“効く”だろうから。
「見てて。絶対に変えてみせるから。」
ちょっとした妖精から魔力をもらっただけでも、とても美味しかったから…
あの娘はその何倍も美味しいのだろう。自分に十分な力を与えてくれる彼女の魔力…。
銀の髪をした乙女の血は、さぞかし美しいだろう。そして、どんなに美味だろう?
自然と口の端に笑みが溢れてくる。ナイラはうっとりと呟いた。

「待ってろ…僕のスペルエンペラー‥。」




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