「失礼!」
バタバタとナイラが入って来た。
「あ、バーツ。」
バーツを見てニコリと笑い、慌ててレアルの傍に来た。
「ごめん、起こしてくれてよかったのに…。」
「いや、急ぎでもなかったからな。」
座れ、と手で示すとナイラはバーツの隣に腰を降ろした。
「で、用事は何だったの?」
「お前と厄災子の話だ。」
「…急ぎじゃねーか。」
バーツの声が低くなる。
「そんなに慌てるな。希望の光が見えたのさ。」
「光?」
「あの娘、睨んだ通りだった。」
「…本当?」
ぽかんとした顔。
「あぁ、間違い無い。本人は必死で隠してるけどな。」
「そう…。」
「?」
「………。」
ナイラはしばらく下を向いていたが、やがて顔を上げた。
「ごめん、寝なおしてくる。」
「どーぞ。」
その二言だけで会話が終わり、今度はバーツがあっけにとられた。
「お、おい!」
振り向いて声ん掛けても、ナイラは扉の向こうから『おやすみなさーい』と返しただけだ。
「気になるなら行けよ。」
笑いが抑え切れずに少し声が震えた。
「…フン。じゃあな。」
それだけ言うとバーツはかき消える。
客観的に見たら大変無礼な態度だが、これでも素直になった方だった。
(しかし俺は…馬鹿の極みだな…。己の子供の為に友の娘を手にかける…か。)
長椅子に横になって見上げる白い天井。
シャンデリアに反射する光が黄色っぽくなっていた。
ナイラは、厄災子が…実母のように慕った女性の息子だと知りながら…それでも…
心に決めた誓いを果たしたい一心で耐えている。
でも…あの娘の素性を知ったら…?
壊れてしまうかもしれない。
レアルは、最善の処置だと思ってナイラを引き取った。
それなのに…まさか今更になってこんな問題が持ち上がるとは。
ナイラはまだ一度も社交の場に出ていない。社会的に抹殺してしまえば済む…そう思った時期もあった。
だがそれを告げた時、ナイラは二人が出会った頃と同じ顔をした。
何の感情も現れない顔。全てを押し殺した声で…
『また…父さんが…いなくなっちゃうの…?』
淡々と呟いた。
『父さんって…呼べなくなるの…?』
そして、選んだのだ。
静かに、ゆっくりと、でも確実に国を侵していく道を。
厄災子がいなければユーロだって…もっと幸せになれたはずなのに…。
伝統という大きな流れに比べたら、自分一人の力なんて呆れる程に無力で…
唯一してやれる事といえば、最後まで見届ける事だけ。
「…チクショゥ…。」
口から自然に言葉が溢れてしまう。
いてもたってもいられなくて、レアルは礼拝堂に向かう。
最善の、そして最悪の行動だ。
レアルはマリエルが好きではない。結婚を司る愛の女神は気まぐれな天邪鬼…恋が突然やってくるのはマリエルがあんな性格だからかもしれない。
主教の事は与えられた玩具と見ているような気分が、いつまでも消えない。
反発を感じながら、それでも父は息子を思い、彼女に膝を折って縋るだろう。
“あの者達をお救い下さい”
その一言で、再び水面が波立つというのに…。
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