クロとマオが帰った日…
やわらかい午後の光が窓から射している時間だった。
起きろ…と口にするのを躊躇うくらい、息子は気持ち良さそうに寝ていた。
長椅子で寝たら風邪を引くというのに。何か掛けてやってくれとルピーに頼み、レアルはそのまま部屋を後にする。
しかし…短期間に色々な事がありすぎて頭が混乱しそうだ。
あの二人組は自分がセントだと気付いただろうか?たぶん気付いてないと思うが…。
それに…
「お。」
部屋の前まで来て、見慣れないものを見つけた。
バーツだ。
幼いナイラがレアルのところに来るように仕組んだ黒幕である。
左羽根は無く、代わりにからくりの義翼がついていて、左の頬には真っ赤な十字が刻まれている。
まぁ、早い話…優しそう、とか親しみやすい、という形容は出来ない外見だといえる。
「シルフじゃないか。」
「天使だ。」
二人の会話はいつもこれで始まる。
初めて会った時からの繰り返しだから、どちらも気にしない。
朝、『おはよう』と言うのと同じ感覚だ。
「何だよ、最近見ないと思ったら。」
「客がいたから、な。」
ふいっとバーツは目をそらし、チラリとレアルを見る。
「人見知りか。」
「あいつ等に害も無かったし、特に出る理由もないだろう。」
「まぁな。入れよ。」
「…。」
笑いたいのを抑えながらレアルが扉を開けると、バーツは無言でついてきた。
「とりあえず座れよ。」
ジュースの瓶からグラスに中身を注ぎ、上から酒を注ぐ。
「ほら。」
「珍しいな。」
受け取りながらバーツが首を傾げた。
「砂糖は入ってないぞ。」
嫌いだから。
「なるほど。」
一口飲んで、バーツは頷いた。
「悪くない。」
「お前…乙女宮の主教様が作ったもんに文句をつけるか。」
「文句はつけてない。『悪くはない』とは言ってないからな。」
「そういうのを屁理屈っていうんだ。」
「そんな事より、どんな客だったんだ?」
「ん、面白い二人組だったぞ。」
「…。」
むっとした顔で黙るバーツ。
経過が知りたいなら素直に言えばいいのに、と内心ため息が出た。
「まぁ、あんまり進歩はなかったな。あいつが気にしてる娘はなかなか良さそうな娘だった。」
子供みたいな外見に似合わず意外と肝が座っている。
「でな…」
それからレアルは一部始終を語った。
聞き終えた後、バーツは深い溜め息をついた。
「バカかあいつは。」
「バカだと思う。ま、惚れたんだ。初恋に免じて許してやれよ。」
たとえそれが、純粋な思慕でなかったとしても。
たとえそれが、何よりも自己中心的な思いだったとしても…
「そんなにイイ女なのか?」
「…何ていうか、あいつを女にしたみたいだな。」
「変わらないじゃないか。」
「あ、いや…外見じゃない。雰囲気だ。決定的に違うのはあいつと違って素直だって事か。」
「へぇ…」
「外見は…俺の好みじゃないな。なかなか器量良しだけど女じゃなくて娘って顔してる。」
「なるほど?」
バーツは少しだけ面白そうな顔をした。
「あいつの好みか…興味はあるな。」
今まではどの侍女にもあんまり興味なさそうだったから…と笑っていると…
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