楽しい時間が過ぎるのは早いもので、ナイラの屋敷に何日かゆっくりしていた二人も、もう日常に帰る時間が来た。
来たときと同じ様に馬車に二人は乗り込んだ。
「なんだか、あっという間だったような、長かったような。」
マオがボソリと呟く。ややうつ向き加減。
「同感だ。」
「お?珍しく意見が一致したな。」
「だな。だが今回ばかりはそうだろう。」
二人でふふと笑い、お互い顔を見合わせる。
「二人で何内緒話してるのさー?」
ナイラが窓に首を突っ込んでくる。
別にーとマオが返した。口には笑み。
そしてクロはナイラをがしがし撫でた。
「そろそろさよならだな。」
その台詞を吐くと同時に、ナイラの顔がくしゃ、と歪む。
「また、逢えるよね。」
マオがナイラの顔を覗きこむ。そしてニカッと笑った。
「当たり前じだろ?お前地位高いからさあ、きっとまた内輪で解決出来ない時が来るよな〜。
そしたらまた呼んでくれればいいし。」
こういう時頭がめでたいやつがクロは羨ましい。ナイラの顔が少し明るくなった。
「そうか。そうだね。いつかきっと…」
また逢える確証は無いだろう。クロたちの職業は死と隣り合わせだ。ナイラにしても、あとどれだけ生きられるか…まだフランとのいざこざは終わってないのだから。依頼料なんていらないから、この仕事をやっていたかった。やり遂げたかった。でも、今は退けと、ナイラの父親にも言われてしまった…。当然だとも思う。面が割れてしまったわけだし。
「クロ。」
その藤色の瞳が姿を映す。いつみても綺麗な瞳だと思った。どうかこの瞳が、このままあり続けるようにと祈らずにはいられない。
「また、会おうね。」
また逢える確証なんか無いけれど。
「そうだな。また。」
クロは薄く笑って頭に手を置いた。




組んで以来、初の失敗仕事から一週間がすぐに過ぎる。マオは相変わらずだし、多分クロも相変わらずだ。マオはまた走りに行った。ついでに買い物にも行ってくれるからゆっくり昼寝もできてクロには好都合子の上ない。


「真っ黒クロ助起きておいで〜♪」
瞼から差し込む光がふっと暗くなる。マオが帰って来たようだ。
クロは長い間の経験のお陰で難無くその攻撃を避ける事ができる。
が、今回ばかりは避けるのを辞めてみた。
もうヒット寸前だったマオの横っ面を力一杯殴る。
予想に反してマオに拳が命中し、派手にふっとばされた。そして受け身も取らずに床に転がった。
流石のクロも言葉が出ない。
「…………………大丈夫か。」
正当防衛のハズなのに、思わずそんなセリフが出てくる程マオは凄まじいこけっぷりだった。マオはゆっくり起き上がりうつろな目でクロを見た。かなり不気味である。
「…何で俺、今避けられなかったんだろ…」
その口が動く。
「そりゃ、お前、いつもは俺避けてばっかりで殴らないからな。」
マオはぱっと顔をあげる。
その表情は、困惑。
「何で何で何で〜!いつも仕返ししないのに!どういう気分の変わりよう!?お前何があったんだ!」
何だか必死なマオにクロは苦笑するしかなかった。
「要はお前が出し抜かれたんだよ。俺に、な。」
「え〜嫌だいやいやいやあ〜俺より強いクロなんていないもん!ふん!」
子供よりも子供らしいマオの拗ねっぷりを横目に、クロはにやり、と笑ってやった。
「コンビ解消してやろうと思ってたけど、やめた。お前もこれからは寝込みに気を付けたほうがいいぞ。」
だだをこねていたマオの動きがぴた、と停止した。
「…クロさん?」



今日も二人は平和である。




目次へ・・・前へ・・・次へ