…気が付いたら、床に寝ていた。
隣にはリラが倒れていて、二人をかばうようにマルクが被さっている。
「…マルク?」
返事が無い。
「おい、マルク!」
不安になって、大きな声を出す。
「…。」
ゆっくりと目が開いた。
「…?」
身体を起こしたが、まだ頭がハッキリしないらしい。軽く頭を振っている。
そういえば、フランも何だか頭がぼんやりしていた…。
夢だったのかと思う程、身体の痛みが無い。
でも室内を見回してみると…ガラスの破片や血で汚れた絨毯。
…夢じゃない。
そう、夢じゃなかった。
「助けられたのか…?」
マルクがポツリと呟く。
「…誰にだ?」
「…。」
フランの質問に答えず、マルクは黙って横を見るように促した。
「?」
見てみると、リラの横でユーロが伏さっていた。
「ユーロ!」
思わず大きな声を上げてしまい、慌てて自分の口をふさぐ。
「…あら?」
リラが目覚ましたみたいだ。
起き上がってユーロの方を見ると、肩が少し上下している。
寝ているだけだ。
「私…どうして…?」
リラが二人を交互に見る。
「わからないが…」
マルクは首を振り、立ち上がって部屋を見渡した。
「とりあえずこの状況を何とかしないとな。」
そしてユーロを抱え上げた。
「伯爵にどうやって説明しようかしら…」
リラは頭を抱える。
「まぁ…しばらくは泊まり込みで屋敷の掃除だろうな。」
『この状態を…』
フランの一言にげんなりした二人の顔は、少しだけ笑えた。
何はどうであれ、皆が生きている。
それだけが歴然とした事実で、それだけで十分に嬉しい真実だった。
「さ、片付け片付け。」
フラン元気な声で二人の肩を叩き、割れた窓の外を見ると…小鳥がいた。
何だか、そんな些細な事も嬉しかった。




結局というか、やっぱりというか、四人はしばらくエン伯爵の屋敷にやっかいになっていた。
部屋の掃除が主な仕事だが、屋根の修理や植木の世話もやることにした。
あまり庭師が来ないらしく植木がもさもさしていたので、フランとユーロの二人で植木を兎や熊の形に切ったらリラに怒られた。伯爵夫婦は可愛いと言ってくれたのだが…。
「よっ…」
フランは芝の上から身体を起こし、屋敷を見る。
トンカン音がしてるのは、マルクが窓枠を応急処置しているからだ。
しかし…無色透明な硝子はかなり高価なのだ。大きな街なら銀行もあるが、こんな場所にはそんなものがあるはずもなく…リラは困っていた。王都までも近くなっているから路銀もそこまであるわけもなし。かと言って王都から引き返してくるのは避けたかった。
伯爵は気にしないと言ってくれたけど…やっぱりそれは申し訳ない。
考えた結果、3人が持っていた宝石をいくつか手放した。現金ではないが、とりあえずは何とかなった…かもしれない。
とにかく、今は馬車の上で都に向かって馬を進めている。
「フラン。」
隣にいたリラが少々真剣な顔で言った。
「…何者なのかしらね。」
「……。」
そう、ユーロの事もハッキリわかっていない。傷を治したのは多分ユーロなのだろう。
ハーフとはいえハイエルフなのだし。
しかし…ユーロが魔法で起こした火は火傷するくらい熱かった。
ここには決定的な矛盾がある。
傷が癒せるのだから母親はハイエルフ。火が熱いのだから神殿の洗礼を受けているとしたら勝利宮。
逆かもしれないが…まさか、両方…?
いや、ありえない。
スペルエンペラーは現実には存在しないはずなのだ。
ユーロは小動物のような仕草でが似合う、ちょっと可愛い女の子だ。
それが…まさか。
事の真相はさっぱり明らかにならないけれど、立ち止まるわけにはいかない。フランは自分に出来ることをやるだろう。ユーロがどう関わったとしても。もしユーロが普通でなかったとしても、きっとこの気持ちは何も変わらない。
「ユーロは……ユーロだよ。」
「…そうね。」




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