何が起こったのかわからずに、クロはナイラを見た。
「甘いよっ!」
心底憤慨した顔が目の前にある。
「…は?」
「生きてたら必ずイイコトあるから、死んじゃ駄目。辛い事の方が多いかもしれないけど、イイコトは皆無じゃないから死んじゃ駄目。」
それはそれは真剣な目だった。
「あ…あぁ。」
しどろもどろに頷く。
「約束する?」
「…。」
「…する?」
「……そうだな。」
「ならば良ろしい。」
ナイラはニコリと笑って顔から手を離した。
隣でマオが冗談抜きに笑い死にそうなのは凄く気にくわなかったが、まぁ、いいことにした。
「僕はクロ達とずっと友達でいたいから。遊びに行くから…ね?」
「…あぁ。」
別に来たっていい。
見るものは大してないし、話の相手も面白くはないが。
「あの…ところで…痛かった?」
一変、すまなさそうな顔に戻り、何処にあったのか飴玉を差し出してくる。
「まぁな。」
いらない、と片手で示しつつ、もう片方の手で頬をさする。
「飴、いらないの?」
「いらん。」
「あ…そう。」
出した飴を自分の口に放り込んで再び思案顔になる。
「…じゃあ、どうしたらいいのかな?」
何を言ってるのやら…
「頭を撫でてやるといい。」
いきなり後ろから声が割り込んだ。
「そっか!」
俺が振り向くより早く、ナイラが頭に手を乗せていた。
わしゃわしゃわしゃ…
「ちょ…おい!」
「照れなくていいよー。」
100%好意といった雰囲気で、乱暴に振り払うわけにもいかない。
「いじけた子供にはそれが一番だ。」
カラカラと笑うこの声には聞き覚えがあった。
「セン‥ト?」
しかし、振り向いた時、そこにいたのは見慣れたツンツン頭ではかった。
長い髪を垂らし、この上なく優雅な仕草で頭を下げたのは、ナイラよりも一回り大きな体格の男。
「どうしたの?急に。」
嬉しそうに弾んだ声。
「挨拶をしておこうと思ってな。息子の大切な友人なのだから。」
低くて艶のある声だった。
よく見ると、顔は似ている気がするがセントとは雰囲気が全然違う。
しかし…
「…息子?」
「そう。僕のお父さん。」
と…いう事は大貴族の当主…この国のトップクラスの人間だ。人となりは悪くはなさそうだが…。
得体が知れない気がした。普通の人間とは違う、特別に独特な雰囲気の人間だった。
「なんか若いなぁ。50とか言ってなかったか?」
マオが首を捻る。
「まぁ、私の仕事は年を重ねないから。若く見えるのは当然だ。」
小さく笑い、ナイラの父は俺達に会釈した。
「レアル=バルセロスだ。息子が随分と迷惑を。」
言葉と裏腹に、微笑んでいるのが少し気になる。
浅黒い肌、均整のとれたしなやかな身体…
そこまでがっしりはしていないし、ナイラよりも長い髪をしているのに、女っぽさはまるで無い。
まぁ、なんでこんな風に説明可能なのかと訊かれたら、彼の服の露出度が高かった…と答えるしかないだろう。
肩と腹が出ている。
(ってゆーか何でこの国の偉い奴はヘソが出てるんだ。いや、まだ二人しか見てないけど。)
クロの心の声は誰にも届かず。
「お二人共、しばらく泊まっていかれるといい。色々とお話したい事もあることだし…」
話?一体何なんだろう?
「ナイラ。」
「わかってる。打ち上げってやつでしょ?」
「正解。」
二人は笑い合い、同時に扉の方を見た。
「準備は整っていますよ。」
ルピーが立っていた。
「今日は無礼講、だな。」
レアルがニコリと笑い、ナイラも俺達に片目を瞑った。
「お疲れ様っ!」




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