「?」
目の前に、紺色の髪があった。
「間に合ったか…。」
クロに背を向けたままセントが溜め息をつく。
「何故?」
依頼主が駒を守るなんて。
「お前等の依頼主である前に俺はあいつの師匠だ。友達を守ることだってあるさ。」
「…すまない。今までずっと?」
「いや、さすがにそんなに暇じゃねぇ。」
「それにしても…」
クロは周囲を見回して息を呑んだ。
「…何だあいつ。」
花畑が、凍っていた。
自分とセントの周りだけ、ぽっかりと緑の草が残っている。
「ミステリアスな娘だろ?」
「デンジャラスの間違いだな。」
何故だろう?先程までの恐怖は消えていた。セントがいると不安が薄らぐようだった。
「あいつはまだ寝ぼけてる。完全に起きる前に元に戻すぞ。」
「戻るのか?」
「あいつの意識を飛ばせば戻るはずだ。俺はお前より足が遅いから囮になる。お前は後ろから一発殴れ。」
「そんなんでいいのか!?」
「刺す気か?」
セントは顔をしかめた。
「いや、それはないけど…」
もっと複雑な手順があるのかと思った。
「油断するな。あの髪は厄介だぞ。」
「わかってる。」
だって動いているから。
「いくぜっ!」
セントが駆けた。
クロはユーロの背後をとるべく別方向に駆けた。
銀髪を留めていたリボンが風に舞い、氷原に落ちる。
セントは上手くユーロを引き付けていた。クロは素早く、でもこっそりと死角を狙ってはユーロに近づいていく。
(もらった!)
そう思った瞬間、氷のせいで少し体勢が崩れた。
ユーロがクロを見る。
目が合った瞬間、クロに銀髪が巻き付いた。
「!」
そう、まるで生きてるように巻き付いた。
白い肌に白銀の髪、その中の金色は強烈だった。虚ろな目がこれだけ輝くのだから、本気で目覚めたらこの目をまともに見ることは出来ない気がした。
「んッ…!!」
締まる首…
「…カエシテ…」
「!?」
エルフ語だった。
意識が飛びかけた頃、セントがユーロの懐に飛び込むのが見えた。
「おい!」
揺さぶられる感じ。
クロは思わず口を歪めた。
「生きてるのか。」
身体を起こすと、セントは溜め息をついた。
「散々だったな。」
「全くだ。」
クロはセントの腕の中のユーロを見る。
力なく垂れた腕と長い髪。目を閉じていた方が大人っぽく見える。
「ホント、何なんだよこいつ。白エルフじゃなかったのか?」
冗談抜きで死ぬかと思った。
「あー‥まぁ、な。」
セントは言葉を濁した。
「この娘は特別みたいだな。」
「特別って…」
そんな簡単な言葉で片付けられても複雑だ。
明らかにおかしい。エルフだとしてもただのエルフではないはずだ。絶対に。
「何か、心の傷に触るようなことでも言ったんじゃないのか?」
「…何か。」
クロは黙り込んだ。
そういえば…何か口走っていた気がする。自分を巡って、過去に何かあったのだろうか?
何を、カエシテ欲しかったんだろう?
「まぁいい。今回はこの娘は諦めよう。」
「何で。」
セントの言葉に思わず顔を上げた。
「何が原因かわからないじゃないか。屋敷でもこんな風に暴れられたら大変だ。」
「…確かに。」
「じゃ、決まりだ。お姫様を返しに行こう。ついでに鬼っ子も回収だ。」
「…。」
クロはその言葉を聞いたとたん、疲れが一気に増した。
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