その頃、クロはユーロを見つけていた。
「驚いたな。」
まさか、花畑に隠れていたとは。
雲が切れていなければ見つけられなかっただろう。
見事な保護色だったわけだ。
「…。」
ユーロは黙って立ち上がった。
精一杯クロを睨みつけながら。まぁ正直言って、クロにとってはさっぱり恐くないレベルだったのだが。
「目的は何なの?」
ここまで追い詰められていても、その声はしっかりしていた。見た目に反して肝が据わっている。
「答える義理はないな。」
感心のあまり、思わず喋ってしまった。ナイラは人を見る目があるのだな、と思った。
「私を殺すの?」
「余計なお喋りは嫌いだ。観念しな。女をいたぶる趣味はないから。」
「観念なんか、しないわ。」
ユーロは杖を構えた。
あと一回、一回だけ魔法が使える。それまでは諦めない。
「強情な女だな。」
でも嫌いじゃない、とクロは苦笑した。
ナイラとユーロは少し似ているのかもしれない、とも思った。二人なら気が合うだろうに…とも。
弱い、護られる対象でありながら、持っているその静かな意思の強さ。
二人に共通している。
「!」
凄い速さで氷の塊が飛んで来た。
すんでのところでかわしたクロだったが…
「あれ?お前…白エルフ…?」
国が違うとはいえ、こんな魔法…?
「…っ。」
ユーロは膝をついた。
「限界だろ?殺しはしないから大人しくしろ。」
自分を見つめるユーロの姿が神秘的に見えた。
風に揺れる乱れた銀髪が月光で輝き、大きな金色の瞳はまだ力を失っていなかった。
作られていない、壊れる寸前の独特の美しさ。
「早くしないと無駄な殺しが起きる。」
「…?」
「死ななくてもいい、お前の仲間が死ぬ。」
その言葉は、ユーロの心に深く響いた。
「死ななくても…?」
「そう、だから大人しくしろ。ま、今も生きてる保証はないがな。」
「私のためだけに…私を捕まえるためだけに皆を傷つけたの…?」
ユーロは俯いた。肩が細かく震えている。
「目的達成までの通過点だ。」
ユーロの脳裏に先程の惨状が蘇った。
「…許せない。」
言葉と裏腹に、クロを見つめたユーロの顔に怒りはあまり感じられなかった。
怒りよりも悲しみの方が勝っていたのかもしれない。
「!?」
その顔に、クロは覚えがあった。
「バニラ…」
あの時の彼女と同じ顔だ。自分には理解出来ない、でも自分の中の何かが揺さぶられる表情…
「どうして…」
そう言い残してユーロは横に倒れた。
クロの口からは思わずため息が漏れていた。本当に、今回の仕事は色んな意味で苦労させられた。
まぁ、これがマオとの最後の仕事と思えば悪い気はないが。

気が緩んでいたせいだろうか?
「!?」
反応が遅れ、武器が手から弾き飛ばされた。
「なっ…」
ユーロが起き上がったのだ。
でも、普通の起き上がり方ではなかった。操り人形が胸の糸で引っ張られて起き上がるような…とにかく、おおよそ自分の意思で出来る起き上がり方ではないように見えた。
そしてユーロを覆う不気味な雰囲気…。身体は薄青く発光し、金色の目は異様に輝いている。でも、目はクロを見ていなかった。
まっすぐに月を見ていた。
「…。」
クロが息を呑んだ時、深い深い瞳がその姿を捕らえた。
ざわり
白銀の髪が生き物のように動く。
「!!」
やられる、そう思った。
ゆっくりと挙げられる腕。
そして…




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