「…無事?」
リラがゆっくりと起き上がった。マルクは目だけで返事をする。
「そう。今、手当てするわ。」
風向きが良かったらしい。リラは薬をあまり吸い込んでいなかった。
「これ、解毒剤よ。」
そう言って上着から種のようなものを取り出した。
「噛め…ないか。」
そう言って自分の口にほうり込む。
「フラン!」
マルクよりもフランの方が重傷だ。
「…ん…」
「動かなくていいわ。すぐに手当てするから。」
まだふらつく身体を叱咤してキャビネットから酒瓶を持って来た。
そんな時でも一番安そうな瓶を手に取るあたりがリラらしい、とマルクは思った。
「ちょっとだけ待っててね。」
フランにそう告げ、マルクを何とか仰向けにして起き上がらせる。
麻痺しているだけあって半端じゃなく重たかった。
「…。」
「お互い様、でしょ。」
そう言って酒を少し口に含み、噛み砕いた解毒剤と一緒に飲ませる。
「肩は?」
マルクは微かに首を振る。
「そう。じゃあフランを診てくるから。」
そう言って再びマルクを寝かせ、フランの上着を脱がせてリラは手当てを始めた。
「…どう?」
「なんか、もうどうでもいいよ。…あんま感覚が無い。」
それでもやはり酒は傷口に染みるらしく、フランは顔を歪めた。
「応急処置で申し訳ないわね。」
リラは痛ましそうに顔をしかめていたが、手だけはテキパキ動いていた。
「コレ、痛み止め。」
そう言って差し出された木の実。
「噛める…?」
「へへっ…馬鹿にすんなよ。口は達者だぜ?」
掠れた声でおどけてみせる。
水分が多い木の実だから、おそらく大丈夫だろう。
「喉に詰まらせちゃ駄目よ。」
そう言ってフランの頭を抱える。
「…。」
噛んだ後、フランの意識はすぐに途切れた。
「眠っててね…。」
リラはフランの頭を撫でてすまなさそうに微笑んだ。
そして胸の間から小瓶を取り出す。
「…。」
マルクの半ば呆れた視線。
「い、いいじゃない!ここが一番安全なんだもの!」
リラはパッと赤くなり、すぐに溜め息をついた。
「もう動けるでしょ?私はユーロを追うわ。フランをよろしくね。」
「無理だ。今のお前が勝てる相手じゃない。」
「誰が勝つなんて言ったのよ。連れて逃げるの。一人はそこに倒れてるし、私が出てる間にマルクはフランを連れて逃げて。また、落ち合いましょ?だからコレ。」
リラは先程の瓶をマルクに手渡した。
中身は強力な傷薬。塗ればたちまち血が止まり傷が治っていく。
…ただ…材料が材料で、塗ると猛烈な眠気に襲われるために意識を手放さないための毒が混ざっている。毒というか痛み増進剤というか…。
「…。」
瓶を渡されたマルクは俯いた。
「何よー。何回か経験済でしょ?」
フランは初めてだから眠らせたのだ。真剣に激痛だから。
昔、リラがまだ修業中だった頃、これと同じ薬を作った。師匠が試してみろと言うのでちょっと指先を切って試してみた。
…失神するかと思った。
「…違う…。」
言いにくそうなマルク。
「?」
「…生温かい…。」
心なしか恥ずかしそうだった。
「なっ…!」
リラは咄嗟に言葉に詰まった。
「い、いつも手当ての時は平気で私に触るのに何でこんな時だけ…」
「!」
急にマルクの目が細まる。
「はいはい。イチャつくのは後にしてくれ。」
倒れていたマオがむくりと起き上がったのだ。
「…?」
ふと感じる違和感。侍女の服なのに、顔も変わっていないのに。
「声、低くない?」
マルクを見た。
「そうだな。」
「身体も大きくなった?錯覚?」
リラはさらに首を傾げる。
「…。」
マオは嫌な予感がした。そしておそるおそる自分の手を見てみる。
「…。」
やはり。
クロの魔法が切れたらしい。さっきまでの可愛らしい手ではなかった。
「あ、ありえねぇ…」
額に手をやって嘆く。
「あなた!女装してたわね!?しかも楽しそうだった!!」
リラが指を刺して叫ぶ。
「誰が好き好んでこんな恰好するかぁっ!!」
マオも負けずに叫ぶ。
「ま…んなこたどうだっていいんだ。おいそこの片目。」
マルクは無言でマオを見た。
「俺をここまでした奴ぁ久しぶりだよ。でも、元の姿に戻ったんだ。もう俺の勝ちだな。」
ぱぁんっ
「…っ…試してみるか?」
掌に出した小瓶の中身を傷口に叩きつけ、薄く笑ったマルクが剣に手をかける。
「上等だ。」
「やめてっ!!」
リラが叫ぶ。
「大の男がスカートひらひらさせて戦うの!?恥ずかしくないの!?」
「な…。」
マオは面食らう。改めて言われれば確かに正気の沙汰とは思えない。
でも、それでも
「俺だって仕事なんだ。恥なんて知らねぇ。」
でもそう言った途端、マオは力を抜いて笑った。
「でも、俺はあんたには傷をつけたくないんだ。相方が馬鹿な真似したな…って治ってる?」
そのままマオはにんまり笑う。
「こりゃいいや。やっぱりあんたは連れて帰ろう。キレイなお姉さんは大好きだ。」
「な、何言ってるの?私は、あなたなんかについていかないわ!」
「つれねぇなぁ。俺が用があるのはそこに倒れてるロン毛だけだ。
あんたが大人しくすれば片目には手を出さない。」
「…。」
リラは言葉に詰まった。
リラはマルクを信じている。リラが知る限り、マルクは誰よりも強かった。いつも自分達の所へ帰って来た。そう、いつだって。どんな時だって。でも今のマルクではマオとの戦いは厳しい。相打ちになりかねない。
最悪の事態なんて考えたくもないが…今は考えざるおえない。
「約束は、守るの?」
「モチロン。」
ただ、リラが行くということはフランを見捨てるということだ。
フランもマルクも大切だった。選べと言われて選べるものではない。
でも、両方を失うよりは…
「…。」
俯いたままゆっくりと立ち上がる。
「やっぱりお断りよっ!」
叫ぶと同時にマオに突進した。
「恐いねーちゃんだな。」
マオはそれをあっさり避けて捕まえた。
「放して!」
「だからー、何でわかんないかな?いいや、ちょっと眠ってろ。」
そのまま首筋をトンッと突いた。
「!」
リラはあっさりくずおれた。
「さ、パーティの再会だ。」
マオはリラの身体を置くと、口の端を吊り上げた。
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