マルクとマオが戦っていた頃、ユーロは杖を片手に部屋の窓と扉に結界を張っていた。
伯爵夫婦と使用人達はユーロを不安そうに見ていた。
「これで外からは入れません。」
額の汗を拭って微笑む。
「心配はいらないから、ゆっくり休んで下さいね。」
ついでに全員を眠らせた。
そして、急いで部屋から出る。
狙いは誰だったのだろう?
やはりフランだろうか。それとも…自分だろうか。
とにかく、一刻も早く三人の所へ向かいたかった。助けてもらったのに、自分だけ逃げるなんて出来ない。

そして…

惨状に言葉を失った。
血溜まりに倒れたリラと侍女、リラの隣にいるのはマルクのようだった。
マルクはともかく、リラが危ないのは一目で解った。
フランは色の黒いエルフと戦っている。
今、自分に出来る最良の行動は…
「!」
フランが首に刃を突き付けられた。何か喋っているらしいが、ここからでは聞こえない。
ユーロは杖を構えた。



「待ちなさい。」
リラがふらりと起き上がる。床に手をついたまま、辛そうではあるがきちんと起き上がっていた。
クロは顔を上げ、目をしばたかせる。
よく見ると、斬った傷が塞がっていた。
「白エルフ…」
扉の所にユーロの姿。
「ありがとう。もう大丈夫よ。」
リラが微笑んだ。
「でも、まだマルクさんの怪我が…」
「返り血だ。」
マルクがむくりと起き上がる。
クロはまるで品定めするようにユーロを見ていた。ナイラの言っていた通りに大人しそうな外見だ。
少し頼りない、でも可愛らしい娘だと思った。
「心配いらない。」
本当に、無傷のような動作でマルクは立ち上がる。
「また、後でな。」
「う、うん!」
マルクの声に押され、ユーロは走り出す。
後ろで、不吉な鈍い音がした…。



クロはフランの足首を思い切り踏み付けていた。
「ぐあっ!」
短い悲鳴と鈍い音。もう動けないだろうが、念を入れておこうと思った。どうせ死ぬ人間なのだから。
「フラン!」
リラが太い針のようなものを何本か投げた。
かわしたが、全てを避け切ることは出来ずに1本がガードしていた腕の手甲を突き抜けて刺さる。
間髪入れずにマルクの斬撃。当たりはしなかったが、マントが半分以上無くなった。
「黙ってろ!」
クロは懐から取り出した瓶の中身をぶちまける。
『!?』
細かな粉が舞い、二人が倒れた。ユーロ用にとっておいた痺れ薬だが、この状況ではやむおえない。
クロは腕に刺さった針を抜き、ユーロの後を追って屋敷の外へ駆けた。



月が厚い雲に隠れ、屋敷の外は暗闇が森を塗り潰していた。クロは木に登り、耳を澄ます。
そう遠くない場所でサクサクと地面を踏む音が聞こえた。
ユーロだ。
腕の傷が少し痛む。
癒しの魔法が扱えないのは全くもって不便だった。これだから黒エルフっていう種族は嫌なのだ。
大半の種族から嫌われる理由もここにある。
木から木へ、軽やかに跳び移るクロ。故郷の森はもっと暗くて入り組んでいたから、これくらい森など何でもない。
隠れるために屋敷の裏山に逃げ込む算段のようだが登り坂では速度が落ちる分、不利だ。
すぐに走っている後ろ姿が見えてきた。森の闇の中でもユーロ銀髪はよく見える。
(月光みたい…か。)
ナイラの言葉が思い出された。
「!」
突然、進行方向に人が降りて来てユーロは驚いた。
慌てて方向転換をするが、クロにはそんな事はお見通しだ。
「無駄だぜ。」
目の前に現れたクロに、ユーロは思わず短い悲鳴を上げた。
だが、次の瞬間には素早く打ちかかって来た。
クロは受け止めたが、予想外の反応に動きが鈍る。顔に似合わず大胆な行動だと思った。
その隙にユーロは再び走り出したが、先程よりも明らかに速かった。
いや、クロの身体が重くなっていたのだ。足が思うように動かない。
「魔法か…クソッ…」
いまいましそうな舌打ちと共にクロの背中から半透明な翼が生える。
舞い上がり、木々の上から見た裏山は中腹が草原になっていた。
ユーロが進んだ方向には横一文字に山の裂け目。
隠れるなら草原の手前か…
クロは境界線を目指した。


ユーロは木陰で息を整えていた。足が遅くなる魔法をかけたが、それでも向こうはホンモノだ。
逃げ切れる自信はない。結界、催眠、回復…もうヘトヘトだった。おまけにさっきかけた重力の魔法…
気を許したら意識が無くなりそうだ。
あと一度でも魔法を使ったら倒れる気がする。
「!」
嫌な予感。
見上げた木々の間から、白いものが通過するのが見えた。
翼を生やして空を飛ぶ魔法なんて見たことがなかったが、珍しがっている場合ではない。
もう、時間の問題だった。
ふと見ると、少し離れた場所に花畑。草丈は高く、白い花が満開だ。
(ここなら…)
ユーロは上を見上げ、こっそり移動した。




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