「ちょっ…!」
いきなり逃げられてリラは戸惑った。直後に、ガラスの割れるけたたましい音。
「フ…」
でも、振り向いた時はもう遅かった。
「女をいたぶる趣味は無い。」
聞き慣れない声と、何かが肌の中を通った冷たい感触。
直後に、激痛。
リラはそれで意識を失った。


「リラ!」
フランの悲鳴に、マルクの注意が一瞬逸れた。もちろんマオがその隙を見逃すはずもない。
「!」
マルクの胸を思い切り蹴って飛びのいた。
マルクは吹き飛ばされて壁にぶつかる。
「よそ見してる暇なんかあった?」
綺麗に宙返りをしてマオは着地する。
「…そうだな。」
マルクの目に、倒れたリラが映った。朱い染みがじわじわと広がっている。
まだ、大丈夫だとは思うが…放っておくのは確実に危険だ。
「早く終わらせないとな。」
声に出し、自分に言い聞かせる。
「勿体ねーなぁ…。」
マオが打ちかかり、マルクはそれを受け止めた。
弾き返した時、マオのダガーが乾いた音を立てて飛ばされた。
そしてマルクの一瞬の揺らぎ。さっきの蹴りが効いているらしい。
マオのマルクから見えない側の手には、いつの間にかもう1本のダガーが握られていた。
「ハハッあばよっ!」
そのまま一回転してマルクの背中に向けられた刃。
「本当にな。」
マルクの剣がマオの横に回った。
まずい状況だ。
「ちっ…!」
クロは高速で魔法を練り上げ放ったが、二人が動く方が早く、床が爆ぜて終わった。
直後、クロがいた場所には矢が刺さる。フランだ。
間一髪で避けたクロは崩れ落ちたマオを見る。
マルクはわき腹に刺さったダガーを引き抜いていた。一矢は報いたらしいが致命傷ではない。
「…ッ。」
マルクはクロの方へ走ったが、生憎クロはマオよりも素早い。
無傷のクロの方が今のマルクよりも素早いに決まっていた。
「邪魔だ。」
その声と共にクロはマルクの腹にナイフの柄を叩き込み、蹴り飛ばした。
「!」
フランの目の前でマルクが転がった。
「お前!俺が狙いなら他の3人はいらないはずだろ!!」
「だから、まだ殺してない。」
文句なんて言われる筋合いは無い。
「…やっぱりっ…!」
フランのボウガンは厄介だったが、一度にセット出来る矢は多くない。
打たせてしまえばこっちのものだった。まぁ、弾き飛ばした方が効率はいいのだが。
「どうした?お前が来ればいい。早くしないと女は死ぬぞ。」
クロの挑発。
「クソッ…!!」
焦りは一番の弱点だ。冷静さの無い攻撃なんて、クロには意味を成さなかった。
「よせ!」
マルクが叫んでも、フランの耳には入らない。両手にダガーを握り、低い姿勢で突進してくる。
狙い通りの反応にクロは内心ほくそ笑み、牽制のナイフを投げた。
いつの間にか背後から切りかかってきたマルクの剣を受け流し、フランを迎え撃つ。
突き出された切っ先をかわし、身体をひねり様に右肩にナイフを突き刺した。
続いて足払い。
倒れこむフランの首筋に向かってナイフを振り下ろしたが、フランがとっさに身をよじったせいで左肩に刺さった。
「ぐあっ…」
呻くフランを尻目にマルクの剣をギリギリでかわして胴に衝撃波を放つ。
さすがに集中が乱れていつもより大分ヘボかったが、図らずも傷口に当たったらしい。
倒れこんだマルクが反応しないのは意識を失ったからか。クロの髪が一房、はらはらと散った。
「さて、お前だけだな。」
冷たい視線。
「…んのヤロ…」
精一杯の憎しみが宿った目。しかし反撃は出来ない。
「言いたいことはそれだけか。」
「…男にのしかかられ…ても、嬉しくねぇ、な。」
まだ減らず口を叩く元気はあるらしい。
メイドのマオだったらどうなのだろう?と、クロは思ったが、無駄なのでやめた。
のしかかる前に首が跳んでいるだろう。馬鹿力だし。
首筋にひたりと刃を当てる。
「ま、待った。狙いは俺だけか?」
「確実に殺るのはな。」
「じゃあ…」
少しの躊躇いの後の懇願。
「俺以外は殺さないでくれ…」
「…いいだろう。」
殺人は、趣味じゃない。




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