6.  宴


「昼飯食った途端に茶だもんな〜…太っちまうぜ。」
ユーロ達が伯爵家に着いた頃、マオは欄干に座ってぼやいていた。
「文句があるなら食うなよ。」
クロは欄干の上の相棒を見て溜息をつく。
「だって美味いんだから仕方ねぇ。」
もふもふとケーキを頬張るマオ。
「あ。」
ナイラが顔を上げた。
鳥が欄干に止まったのだ。
「美味そうな鳥だな。」
「お前には食欲しかないのか。」
クロとマオのやりとりを尻目に、ナイラは鳥の足にくくりつけられた紙を解く。
「…。」
さっと目を通し、再び顔を上げた。
「地方貴族の館に泊まるみたい。」
「そうか。」
「ある意味好機じゃないかな?」
「そうだな。野宿の場合よりも油断しているだろうし、田舎なら人も少ない。」
「とりあえず、一泊の予定みたい。」
「今夜しかねぇじゃん!」
「まず、屋敷の見取り図が来るまで何ともならないかな?」
クッキーを砕いて鳥に与えながらナイラは呟いた。
「屋敷となると、中から攻めるのが楽だろうな。」
しかし入り込めるのか…とクロは眉間に皺を寄せる。
「のほほんとした老夫婦と、侍女が何人かいるみたい。っていう事は屋敷の規模も小さいだろうね。」
「任せた。俺は作戦とか考えるウザイのは嫌いだ。」
そう言ってマオは鳥と遊び始めた。捕まえた、の方が正しいかもしれない。
「ねぇ、クロ。」
食べちゃ駄目だよ、とマオに釘を刺してから、ナイラはクロを見た。
「さっきからどうして目を合わせてくれないの?」
そう、クロはずっとマオを見るか目を伏せているかどちらかだ。
「いや、別に…。」
…言えなかった。ナイラが女に見えて仕方ない、なんて。
クロから見て、ナイラの姿はほぼ完璧だった。キメ細かな白い肌も、長い睫毛に縁取られた大きな藤色の瞳も、サラサラした手触りの良さそうな髪も。
鈴の音が聞こえそうな愛らしい仕草も、洗練された妓女のような優雅な仕草も。
そういえば、今まで見たどんな女より綺麗だ。
そんな事を意識しだしたら申し訳なくて目を合わせられなくなった…それだけだった。
「何でもない。」
「…。」
見なくても、空気でしゅんとしているのがわかる。
別に、ナイラが悪いのではないし…いやむしろ悪いのはクロの方だった。自分が情けない。
「僕、何かしちゃった?」
顔を覗き込まれそうになり、慌てて顔を逸らす。
「…いや、本当に何でもないんだ。」
この状況を何とかしたくて、少し目を上げる。
形の良い薄紅色の唇があった。
意を決して顔を上げ…
「あぁウゼェ!!!」
マオがいきなり叫ぶ。
鳥が慌てて飛び上がり、ナイラの椅子の背にとまった。
「お前等!イチャつくなら外でやれ!見てて聞いててイライラするわ!!」
「イチャつく?」
ナイラがマオを見た。
「おう。」
不機嫌なマオの声。
「何それ?」
マオがナイラに“イチャつく”の意味を教えている間に、クロは呼吸を整えた。
不本意ながら、マオに救われた。そして感謝した。
馬鹿な話だった。吹っ切れてしまえば他愛ない。
「もう大丈夫だ。っていうか話を戻そう。」
クロは頭を抱えてうめく。
「ホント?」
「あぁ。」
この仕事が終わり次第、己についてよく考えてみるべきだとクロは自分に誓った。
「ついでに良い作戦がある。」
そこで一息ついた。
「おいマオ。やっぱり囮作戦でいこう。お前がメイドに変装して中から奇襲、その隙に俺が外から掠う。」
「メイドぉ!?」
マオは素っ頓狂な声を上げる。
「馬鹿かお前。俺はメイドは好きだけどメイドになりたいわけじゃねぇ!女装ならそこのお姫様にさせな。」
「僕は男だよ。」
『いや、説得力が無い。』
ハモった。
「要は…」
クロは今までマオに向けたことの無いような笑顔を向けた。だからこそ意味の深い笑顔でもあったわけだが。
「女装じゃなければいいわけだろ?」
「はぁ?」
マオは顔をしかめかけ、でもそれは凍り付いた。
「…まさか」
「マオちゃんなら大丈夫だよな。」
言うと同時にクロは魔法を編み上げ始めた。
低い、歌うような言葉が聞こえると同時にマオは必死な顔で耳を塞いだ。
たとえそれが無駄だとわかっていても。
クロは意地悪な笑みを浮かべながら歌っていた。
「ッ!」
マオが弾かれたように扉に向かって走り出す。クロは歌いながら追い掛けた。凄い勢いで部屋から飛び出し、扉を閉めようとするがクロの方が早かった。
閉まりかけた扉をがっしりと掴み、詠唱を終える。マオは半泣きだったが知ったことではない。
詠唱が終わるとマオの身体は淡く光り、でもそれはすぐにおさまった。
脱力してへたり込んだマオは、一回り小さくなっていた。
顔に手をやり、自分の手を見る。そしてぎょっとしたように胸に手を当て…
「うおぉ!ななな何じゃこりゃ!?」
少々トーンが上がったマオの声。
本気で慌てるマオを見てクロは笑いが止まらなかった。



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