実は、伯爵が言うほどこの村は田舎というわけではない。王都のすぐ近くにある。だが、10年以上前に行われた街道の整備によってこの村を通らない近道が出来てしまったため、通る旅人が減った…。
それだけの話だったのだ。
マルクと二人で案内されたフランは、くるりと部屋を見回した。
地味な部屋だが広くてくつろげそうな雰囲気の部屋だった。森に面した窓を花柄のカーテンが縁取り、侍女がお茶を置いていったテーブルの上には野草が生けてある。ベッドには清潔な白いシーツ。

ベッド…ベッド…ベッド…!!

吸い寄せられるようにフラフラと歩いて行くフランを、マルクはすんでのところで引き止めた。
「何すんだよ!」
首根っこを掴まれたフランが迷惑そうに目を向ける。
「こちらの台詞だ。」
手を放したマルクが腕を組む。
「早く着替えろ。そんな汚れた格好では伯爵に失礼だ。」
「…。」
マルクの言うことは正しかった。こまめに洗濯をしても、やはり旅人の服は汚れているものだ。ましてや幌馬車…土煙が嫌というほど吸い付いているに違いない。
理屈はわかるが、こんな気持ちの良さそうなベッドを前にして倒れ込めないなんて地味な拷問じゃないか、とフランは思う。
ため息をつきながら少しよそ行き用の服を手に取った。
まぁ人生何があるかわからないから、旅をしてはいても少し良い服を持っていたりすると便利だ。
フランが手に取ったのは朱色を基調としてゆったりとした上着と、白いブラウス。ズボンは黒い。
上着には飾りが刺繍や珠の飾りが付いていて、いつもより派手になるが、ちょっとした貴族のように見える。
マルクの服はそれとは逆だった。身体に沿ったラインの黒っぽい上着に白いズボン。どうもマルクはブラウスというものが好きではないらしく、フランは着ている姿を見たことがなかった。
襟が嫌いなのだろうか?それともボタンが面倒なのだろうか?
「入っていい?」
ノックと一緒にユーロの声がした。
「どうぞ。」
フランはドアを開け、ユーロとリラを迎え入れた。
ユーロもリラも、やっぱり着替えている。
ユーロは胸元にリボンがついたシンプルな白いブラウスに焦げ茶色のコルセットと紺色のスカート。
エルフの村にいた普段着にしていたのだろうか?随分着慣れているようだった。
だとしたら、やはりそれなりに裕福な家庭だったのだろう。
リラはスカートがあまり好きではないので、やはりズボンだ。
ただ、やはり少し華やかなブラウスを着て、髪を結って飾りをつけている。
「やっぱり派手よソレ。」
フランを見てリラが言う。
「仕方無いだろ?詩人は派手でナンボなんだよ。」
フランは口を尖らせた。
「で?何の用なんだよ。」
「あのね、折角泊めていただくんだから、何かお礼がしたいの。」
ユーロはフランを見た。
「フランのライラに合わせて歌を歌いたいんだけど、いいかな?」
「ふうん…いつ?」
「夕食後。」
「ん。いいぜ。俺も何かお礼はしたいなって思ってたし。」
ありがとう、とユーロは笑い、何の曲がいいかとリラに訊く。
リラは昔の記憶を必死に手繰り寄せて伯爵の好きな歌を思い出そうと考えた。
あれこれ喋りながら三人が楽しそうにはしゃいでいるのを少し離れたところで眺めながら、
マルクは少し口元が緩んだのをこっそり直した。




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