その日、フランは早くに目が覚めた。
部屋の中を見回すと、ユーロのベッドだけ空だった。
少し焦って起き上がり、部屋を出たところで廊下を歩いてきたユーロを見つけた。
「どうしたんだ?」
「あ、おはようフラン。」
ユーロは笑顔で答える。
「お水を飲もうと思って。水差しが空だったの。目が覚めちゃって。」
「そっか。目が覚めたらいなかったから、焦った。」
「ごめんね。」
「いや、無事ならいいんだ。じゃ、俺も目が覚めたから散歩でもしてくるかな。」
「一緒に行っていい?」
「お、おう。」
あまりに連れていって欲しそうな顔で少し面食らった。
「やった。」
フランまで嬉しくなるような笑顔だった。
「リラが一人で出掛けたら駄目だって。でも、朝の散歩って気持ち良いんだよね。」
と、いうわけで二人は散歩に出掛けた。
朝もやは町の半分を覆い、鳥の声が聞こえてくる。
二人は何も喋らなかったが、フランはこういう散歩も悪くないと思った。
こうしていると、自分には時間が無いなんて忘れそうになる。
無いとはいっても、そこまで切羽詰まっているわけではなかったが…。
不思議だった。
ユーロに出会ってから、時間の流れがゆっくりに感じる。焦らなくてもいいと、言われている気さえしてくる。
あの夜、いつもとは違う時間に仕事をして良かった。
厄を落とす「鍵」を探し始めて何年経っただろう?いや、フラン・リュクサンブールの名前を捨ててから、か。
もう一度、心の中で名前を呟いてみる。
リュクサンブール…
その家名の意味するところはあまりに大きすぎて…。
豊穣宮の主教を預かる家に生まれながら何故、自分にだけ法力が使えないのか…。
しかも、主教の息子である自分が。
原因もわからないまま、殺されるためだけに生きていくなんて嫌で、家を出た。
そして生活の束縛は消えた。でも、罪悪感は消えなかった。焦りや苛立ちで荒れた時期もあった。
でも、今は期日までには王都へ戻ろうと思う。
たとえ「鍵」が見つからなくても。
自分が戻らなければ誰かが代わりに死ぬ。
何の関係も無い人間が、一人。
そうまでして自分が生きていていいのか、正直わからなかった。
「フランは、どこまで行くの?」
「へ?」
「旅。」
「…行けるところまで。」
少し、空を見た。
「何処が終点なのか解らないけど、何処が終点でも後悔はしたくないな。」
思いがけない言葉にユーロは驚いたようだった。
でも…
「カッコイイね。」
そう言って微笑んだ。
「そ、そうか?」
途端に恥ずかしくなる。
「志って、ある人と無い人は全然違うよ。芯が通った人ってキレイだもん。」
「俺のは、芯っていうのかな。」
「いつも一生懸命生きてないと、後悔するって。人生の終わりは突然来る…から…。」
「ユーロ…。」
「…もう一度、会いたかったな…。」
俯くユーロに、フランは何と声を掛けていいのか解らなかった。
きっと父親のことを言っているのだろう。どういう事情で会えなかったのかはわからないが…
「…。」
フランはハンカチでユーロの涙を拭いた。
「泣いたら駄目だ。」
「…。」
「哀しい涙は幸せが逃げる。」
「…うん。」
ユーロはハンカチを受け取り、目にきゅっと当てた。
「泣いてても哀しいだけだもんね。」
「そ。笑おうぜ。」
フランは笑いかけ、ふと真顔になった。
「?」
少し不安になるユーロ。
「腹減ったな。」
「…。」
驚いて一瞬間が空き、ユーロは吹き出した。
「私も、お腹減った。」
クスクス笑いながらフランを見る。
「じゃ、帰って飯にしようぜ。」
「ん…ありがとう。」
「マルク達も待ってるしな!」
フランは突然足早に歩き出す。
「あ、待って。」
ユーロは慌てて後を追った。
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