「っはー‥」
マオが口をポカンと開けている。
庭とは言われたものの、散歩道の一歩外は森だった。
「ここは国でも南の方だからね。暖かくてみんなよく育つんだよ。」
「うわ、何だアレ。」
「あれがうちの庭で一番大きな花。そこを走っていったのはサル。小さいでしょ?尻尾がふさふさしてて可愛いよね。おーい。」
ナイラは嬉しそうにサルに声を掛ける。
「今日も元気?」
駆け寄って来たサルを腕に乗せ、指であやしている。
「慣れてるのか?」
クロが珍しそうにサルの大きな目を見る。
「大丈夫だってわかったら来てくれるよ。」
ナイラが頭を撫でると、サルは再び森に消えた。
「お前、あいつらと喋れんの?」
マオが不思議そうにナイラを見る。
「ううん。ただ、毎日散歩してただけ。」
「ふーん。」
そのまましばらく歩くと、少し開けた場所に出た。
「お昼にする?」
「おう。腹減った。あそこのテーブル使おうぜ。」
マオは嬉しそうにテーブルに近づき、バスケットを置いた。クロは後ろからついていき、テーブルの上を見る。
日よけの屋根がついていた。森に溶け込みそうなデザインだと思った。
それから、ナイラと二人は色々な話をした。
お互いの話が珍しかった。
「なぁ‥」
無邪気に笑いながら日向で小鳥と戯れている姿に、クロは微笑ましさを感じる。
マオは草の上で呑気に昼寝だ。
「どうしてフランを殺したいんだ…?」
その言葉を聞いた途端、ナイラは複雑な顔をした。
悲しそうで、苦しそうで、でも怒りを込めた顔。
「…フランが、豊穣神ラクシスの厄災子だから。」
暗い目で真っ直ぐに見つめられ、クロは背筋が粟立った。
「厄災子?」
「さっき話したよね、神殿のお話。代々主教の任を預かる公爵家と王家の始祖は、この国の生みの親なんだ。
四人が使役していた精霊は神となり、主が魂だけになった今も国を護ってる。」
「あぁ。」
「普通の貴族ならともかく、そんな一族から法力が使えない人間が出て赦されると思う?」
「それは…」
「赦されないよ。神となった精霊さえ使役していた一族で法力が使えないなんて。神に愛されてないんだ。」
「そう…なるのか。」
「うん。」
「でも、それはお前と何の関係があるんだ?」
「厄災子は成人して初めて発覚して、6年間で厄が落ちなければ消されるの。それまでは何処で何をしようと自由なんだ。」
「消すって…」
「魂も復活しないように、心臓に銀の楔を打ち込まれるんだ。」
クロはぞっとした。
職業柄、その手の話は何とも思わないはずなのに。
「罪も無いのに、か?」
「罪ならあるよ。国を護る一族でありながら神に愛されていない、それが罪。」
そういう国なんだよ、とナイラは肩をすくめた。
「その、厄っていうのは落ちるのか?」
「さぁ…厄災子自体が珍しいからね…落ちたっていう報告はあるけど、原因はハッキリしてないんだ。」
苦笑するナイラ。
「でもね、人間、殺されるって解ってて帰って来ると思う?」
「帰らなかったら消せないよな。」
「そう、だから帰って来なかった場合の身代わりが要るの。それが、僕。」
「!」
「厄が落ちる前でも、事故で死んだら消えたことになるから身代わりは助かるよ。」
「…何故。」
「産まれた日が同じだったから。…皮肉だね、国中捜しても僕しか同じ日に産まれてなかった。」
寂しそうな笑顔。
「ナイラ…」
でもそれ以上に声が出て来なかった。
「でも、僕はそれなりに幸せだったよ。」
そう語る姿はいつものナイラからは掛け離れた黒い雰囲気を纏っていた。
「今の父親に引き取られてから、幸せだった。」
「待てよ。今の父親って…」
「僕は貰われっ子なの。今の父親とは直接は血が繋がってないの。同じ一族だけどね。」
「じゃあ今の父親はどう言ってるんだ。」
父親の話題を出した途端、ナイラの暗い雰囲気が消えた。
「凄く心配して手を尽くしてくれてるよ。今回も、僕は女の子を捕まえて欲しいって言っただけなのに。」
「俺達を雇って消せと言った。」
「そう。僕としては、今回はフランの命は要らないんだけど…」
「どうして掠いたいと思った?」
「だってさ!」
ナイラは口を尖らせた。
「仇が初恋の女の子の恩人で、くっついたら泣けるでしょ?」
「そりゃそうだ。」
突然のマオの声。
「起きてたのか。」
「おう。」
マオは起き上がって頭をボリボリ掻いた。
「しかし、何とも壮大な恋愛劇だな。」
クロが呆れた溜息をついた。
「余命1年無いかもしれないんだから、恋くらいさせて。」
「期日まであと何ヶ月だ?」
クロの声が低くなる。
「八ヵ月。」
「絶対に仕留めてきてやる。」
クロは本気で、ナイラを自由にしてやりたいと思った。外の世界も知らないで、国に命を奪われるなんて。
「だからー!フランはついででいいの!」
ナイラは頬を膨らませる。
「今の状況だと、どのみちフラン達は王都を通るの。だから、そこで捕まえられるもんね。」
「ふぅん…」
マオはつまらなさそうに頷いた。
「ぱーっとやれると思ったのにな。」
「あの娘に傷つけたら怒るよ。」
「へーい。」
マオは心底つまらなさそうに返事をした。
「あ、セント。」
ナイラが突然手を振った。
「ナイラ…ルピーが心配してたぞ。」
「へ?」
「午後のお茶の時間には必ず帰ってきてたのにってな。」
「嘘!もうそんな時間!?帰らないとね!」
「ほら、早く掴まれ。」
ナイラはわたわたとバスケットを片付け、クロとマオの手を握った。
「?」
二人は怪訝な顔をする。
「セントの手に捕まって。すぐに戻れるよ。セントは空間移動のスペルが得意なんだ。」
ナイラが片目をつぶると同時に、二人はこれまでに無い浮遊感を味わった。
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