5.戯曲



仕事先での初めての朝は、やはりクロにとって心地良い朝ではなかった。
耳を掴まれる不愉快な感覚…。
「…。」
不機嫌な顔で目を開けるとマオの顔。
「おそよう、ねぼ助クロ助。お前がいつまでも寝てるからメイドさんも困っちゃってマオ大変。」
首を横に向けると、確かに困った顔をした侍女がいた。
「あぁ、悪かったな。」
クロは侍女に向けて一言謝り、起き上がった。
「食堂に朝食の準備が整っています。」
「ありがとう。」
「大迷惑。」
マオがニヤニヤしている。
「お前のいやらしい目で見られるよりよっぽどマシだろうよ。」
そう言い捨ててクロは食堂に向かった。
迷うかと思ったが、下に降りたところで食器のカタカタいう音が聞こえたのですぐにわかった。
「あ!すぐに用意致します。こちらへ。」
数人の娘が頭を下げる。
何だか慣れないな、とクロは思いながら座った。昨夜、ナイラの計らいで二人にはナイラの父親の古い友人という肩書がついた。
お陰で扱いは凄くいい。
「あ、おはようございまーす。」
クロが部屋の中を眺めながら待っていると、ナイラが入ってきた。今日は布も被っていないし、昨日よりは女っぽくない服を着ていた。
とはいっても白いし、ヒラヒラはしていたが。
「朝飯か?」
「まっさか。朝礼の時間はとっくに過ぎてるよ。ごはんも済ませちゃったって。」
「ふぅん。」
クロは憮然とした顔で返事をした。
「通り掛かったらクロがいたから、一人でごはんは寂しいかな、と思って。」
「ご親切に。」
「どういたしまして。昨日はよく眠れた?」
「あぁ。あんまりフカフカなベッドだったから朝には埋もれるかと思ったくらいだ。」
「よく眠れたっていうのソレ?」
ナイラは笑った。
「ね、食べ終わったら散歩いかない?」
「…仕事で来てるんだぞ、俺。」
「そこは大丈夫。タイミング見ててくれる人がいるから。今は町中なんだって。人目が多いのはまずいよね。」
「…。」
ちょうど料理が運ばれてきて、クロは黙った。
「給仕はルピーでお願い。」
「かしこまりました。」
運んできた侍女が下がって行き、すぐに片目の侍女が現れた。
「ごめんね、仕事中に。」
昨日とは違い、露出度が高い。これは仕事着なのだろうか?
「いいえ。ナイラ様のお世話が最優先事項ですから。」
ルピーは微笑み、台車に乗った器を広いテーブルに並べた。
「ご安心下さい。毒味は済んでいます。どれになさいますか。」
クロは、やはり世界が違うのだと思った。
「…オススメは。」
「僕は、三日月パン。うちの神殿しか作ってないんだよ。アンっていう木の実の搾り汁が入ってるの。ちょっとだけ甘いんだよ。」
「…ルピーさんは。」
「ナイラ様を呼び捨てになさって私に敬称はおやめ下さい。」
頭を下げられた。
「あぁ、すまない。何だか威厳が…」
「僕には無いの…」
ナイラが少し傷ついた顔をする。
昨日お前が呼び捨てろって言っただろ、と思いつつ一応謝る。
「悪かったって。まだお前の真剣な顔を見てないしな。で、ルピーは?」
「私は、こちらですね。」
ルピーが指したのは鳥肉の乗ったサラダだった。
「肉は油が除いてあるのでさっぱりしていますし、野菜も薬用効果の高いものばかりです。」
「じゃ、その二つ。」
「スープはどうなさいますか?」
「あー‥コーンのやつ、あるか?」
「ポタージュでしたら。」
「じゃあそれで。」
「かしこまりました。」
クロはつけて貰ったものを食べ始めた。



「よく食べるんだね。」
何杯目?とナイラは目を丸くした。
「あ?あぁ、美味かったしな。」
ナイラの勧めたパンは確かに美味しかったし、ルピーの勧めたサラダも美味しかった。
「散歩に行くんだったか?」
「うん。」
ニコニコとナイラが頷く。
「ルピー、バスケットにお昼詰めて。」
「はい。供の者は…」
「いいよ。クロがいるし。追加料金払うから用心棒もお願いできる?」
「これだけ待遇が良いんだからサービスする。」
「ありがと。マオも誘おうかな。」
クロは顔をしかめた。
「あいつもか…。」
「いいじゃない。ね?いいでしょ?」
「よろしいのですか?」
ルピーがクロを見た。
「あぁ。」
「マオ呼んでくる。」
ナイラは嬉しそうに出て行った。
「お許し下さい。」
ルピーはクロに食後のお茶を出しながら頭を下げた。
「ナイラ様は外の方が珍しいのです。」
「それは、俺達が遠い国の奴等だからか?」
「それだけではありません。ナイラ様は、正式に父親である方の跡を継ぐまで屋敷から出られません。」
「ずっとか!?」
「はい。屋敷といっても二つありますけれど。」
「そうか…ここは?」
「ここは南にあるお屋敷の一角です。」
「そうなのか。」
クロは考えた。
ナイラにとっての世界はまだまだこれから開けるらしい。
ここで出会ったのも何かの縁なのだろう、と。
「それなら俺は色々話した方がいいのか?」
「えぇ、きっとお喜びになります。」
「わかった。」
そう答えてお茶を一口飲んだところにナイラが帰ってきた。
「行こー。」
「あぁ。これ、美味かった。」
クロは残りを飲み干して席を立ち、三人は庭へ出て行った。



目次へ・・・前へ・・・次へ