その夜のユーロ達の宿は、お洒落な宿だった。窓枠には凝った彫刻、壁にはレリーフ、天井も高い。
「…安いな。」
受付で値段を聞いたとき、思わずマルクが呟いた。
「素敵ね〜。」
リラはキョロキョロと中を見回している。
「礼拝堂みたいだな。」
フランも上を見上げた。
「礼拝堂を改築したんです。」
受付の村娘が答えた。
「へーぇ。」
元々、礼拝堂があったのがこの場所で、今の礼拝堂は新しく建ったものらしい。
「お部屋へどうぞ。2階の4番の部屋です。食事は1階の食堂でお願いしますね。」
「はーい、ありがと。」
リラが礼を言い、4人は部屋へ向かった。
食事も終わり、リラは薬草の整理を、マルクは剣の手入れを始めた。
ユーロはすることも思い付かなかったので、宿の中を探検することにした。
家具も飾ってある花も、全部が珍しかった。絨毯もカーテンも緑が基調の館内。壁は薄い茶色の石だ。
おそらく祭壇があったであろう談話室。ここだけは他と違って壁が白い。
「どうかしたのか?」
長椅子にフランがいた。
「フランこそ。」
ユーロはそう言いながら近づいた。
「俺は風呂上がり。」
暖炉で髪を乾かしているようだ。
「そこの水、美味いぜ?ユーロも飲んでみろよ。」
フランが指した方には水瓶と、カップが積んであった。
「うん。」
ユーロはカップに水を入れ、フランの隣に腰掛けた。
「私は探検してた。」
「東領は初めてなのか?」
「うん。わかんないことだらけ。」
「あー、そうか、そうだよな。」
王都の他は、育ったエルフの村しか知らないと言っていた。
「何かあったら聞いてくれ。知ってる範囲で答えるから。」
ありがとう、とユーロは笑い
「あれ、誰?」
と女性の彫刻を見て言った。
「!」
フランがむせた。
「そこからきたか。」
「…うん。」
ユーロは俯いた。
「エルフの村に行ってから、神様なんて教えてもらってない。」
「ま、まぁ、これから知ればいいだろ?な?」
「ありがとう。」
「まず、国のことはわかるか?」
「この国は法力国家なんでしょ?法力っていうのは修業した人間がスペルを唱えて神様から力をもらうんだよね。」
「そうそう。国の中心に王都があって、四方に一人ずつ守護神が祭られてる。」
「うんうん。」
「四人の神にはそれぞれ神殿があって、その神を祭る代表となる家があるんだ。」
「うん。」
「東は王家であるヴェスタ家、西はリュクサンブール家、南がバルセロス家、北がアンダルシア家。
王家以外はこの国の三大貴族の公爵家さ。」
「そこで一番偉い人が神殿の…」
「そうそう、主教様だ。で、それぞれの公爵家の傘下に沢山の貴族がいるってわけ。ここは東領だから、王家の直轄地ってわけ。」
フランが説明を始めた。
「王家が祭るのは風の女神ミーティアなんだ。ミーティアは慈愛の象徴。
だから、東の方の神官は怪我の治療と風を使ったスペルが得意なんだ。」
「ふーん。ハイエルフと一緒?」
「そうそう。近いものがあるな。」
ハイエルフは傷を直したりする魔法を使う種族だ。
ユーロの母親もハイエルフだ。
「あの像は女神ミーティアだよ。若草色の真っ直ぐな髪をした風の女神だ。」
もっとも、像の色は白一色だったが。
「そうなんだ。…ついでに他の神様も教えて欲しいな。」
「あぁ、いいぜ。どこから聞きたい?」
「じゃあ、西側は?」
「リュクサンブール家が祭るのは豊穣の神ラクシスだな。大地の守り神だよ。ラクシスは盲目の神なんだ。
がっしりしたガタイのいい神で長〜い爪を持ってるらしい。豊穣宮神殿は国の財政を預かってる。」
「…恐そうだね。」
「いや、凄く穏やかで優しいらしい。」
俺は会ったことないけどな、とフランは笑った。
「会ったことある人、いるの?」
「何でも、祭ってる神殿の主教だけは神託のときに会えるらしい。神と人との掛橋だからな。」
「主教様って凄いね!」
「あぁ。だから神の姿がこんなにハッキリ伝えられるんだ。ホント、雲の上の人達だよな。」
そう語るフランの横顔は、笑っているのにどこか寂しそうに見えた。
「で、南はバルセロス家の祭る愛と芸術の女神マリエルだ。乙女宮神殿は炎の神殿だな。祭事担当のはずだ。で、っぽい話だけど…」
そこでフランはユーロを見た。
「マリエルは燃えるような赤い髪と三対の翼を持った不死鳥の女神だってさ。」
「不死鳥…綺麗なんだろうね。」
ユーロはマリエルを想像してみた。
金の翼と風にたなびく長い髪…
「あぁ、凄い美女らしい。」
「やっぱり。会ってみたいね。」
「そうだよな。」
そこで二人は水を飲んだ。
「北は、ちょっと知ってるよ。」
「お、そうなのか。」
「兄様が勝利宮神殿の神官なの。」
「なるほど。」
「神殿は勝利宮神殿でしょ?祭ってる神様は成功の神トライエ。白い髪に青い尾髪の神様。」
「そうそう。アンダルシア家が祭ってる。で、勝利宮の神官は他の神殿神官と違って直接人を傷つけるスペルを使うんだ。」
「?」
「たとえば鍋に湯を沸かしてるとき、勝利宮の神官が起こした火に触れると火傷する。
でも、他の神殿の神官の火に触れても火傷しないんだ。」
「え?」
「もちろん、鍋には湯が沸いてるわけだから鍋に触ったら火傷する。」
「それって…変な感じ。」
「そうか?ハイエルフだってそうだろ?直接は傷つけられないんじゃないのか?」
「あ…そっか。」
ユーロは下を向いた。
「まぁ、自然ではないよな。勝利宮の神官が一番自然な形に近いっていったら近いもんな。」
「うん。ありがとう。私、凄く賢くなった気がする。忘れないようにしなきゃ。」
「どういたしまして。さて、俺はそろそろ戻るよ。ユーロは?」
「私も戻る。」
二人はカップを水瓶の横に置き、部屋に戻っていった。
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