ユーロの幸せな思い出の一つとなった夜から数日後…。
「まっ黒クロ助おっ帰りぃ〜。」
その言葉が終わるよりも一瞬早く、ドアを開けた人物は身体を引いた。
スタッ
と綺麗な音をさせて降り立ったのは光彩が細い、金色の瞳を輝かせた青年だった。
「ちぇ…避けるのが上手くなったな。」
笑いを含んだ声と共に再び黒猫のような瞳が煌めく。
「マオ…俺は仕事で疲れてる。」
「なぁ、今日の奴はどうだった?楽しかったか?」
じゃれるように質問を繰り返すマオに、クロはうんざりした様子で返した。
「全然。」
「そっか…何かこう…ドッカーンと面白い仕事、来ねーかなー。」
クロから見たマオは元気過ぎるくらいに元気だった。
まぁ、最近はクロばかりが仕事に出ているせいかもしれないが。
何よりも問題なのはマオが無邪気であるという事実だった。クロは自分の仕事を楽しいと思ったことはない。
殺し屋なんて…
マオがこの仕事に就いた理由は「楽しいから。」ただ、それだけ。
「…元気だな。」
ひっきりなしに話を続けるマオに、少々げんなりしながら口を挟む。
「あのなぁ!」
頬を膨らませたマオは不機嫌そうに腕を組んだ。
「お前さ、最近は全然仕事回してくんないじゃん!」
あまりに予想通りの話で、クロは再びげんなりする。
「あのな、マオ。いつも言ってるだろ?お前みたいに毎日毎日、人を殺して人を殺して人を殺して…それでも足りないと思う奴がこの仕事をやりまくるのはどうかと思うんだ。」
動いているものが止まっていくのが面白い…そんな風に思う奴に…いや、そんなマオだから、この仕事しか出来ないのかもしれないが…
「じゃあ言うけどさ、俺から見たらお前みたいに殺されたくて殺されたくて殺されたくて仕方がないような奴がこの仕事をするのも相当な不健康だと思うぜ?」
「…とにかく、俺は寝るから。」
言葉に詰まったクロは乱暴に上着を脱いで、自分の部屋に向かった。
「ちょい待ち。」
クロとドアの間にマオが滑り込む。
「腹、減っただろ?」
にんまり笑うマオ。
「あぁ…多少な。」
とクロが答えた瞬間、マオはクロの口にサンドイッチを押し込んだ。
「!」
クロはもがいたが、マオがご丁寧にフキンで鼻を押さえているため口の中のものを飲み込まなくてはならなかった。
「…はぁ。」
「特製サンドだ。美味かったか?」
「今みたいにされたら味なんてわかるわけないだろ。」
付き合っていられないとクロがマオを押しのけてドアノブに手を掛けた瞬間…
「!」
激しい目眩。
ドア手を押し付けて身体を支えるが、そのままズルズルと床に膝をつく。
「…マ…オ…」
「あはは!」
マオは心底嬉しそうにクロを見下ろした。
「特製サンドは痺れ薬がてんこもりだ。」
「お前…」
「つまんねーもん。」
マオは口を尖らせる。
「お前ばっかり仕事。俺は家に篭りっぱなし。お前はそんなに死にたいか?」
「お前に…回したく…ないだけ…だ。」
クロは耐えられずにへたり込んだ。
「なんで?」
マオがしゃがんでクロの顔を覗き込む。
「…。」
もう喋れないようだ。
「お前、俺が嫌いだろ。」
マオは自分よりも長身なクロをひょいと抱え上げた。
「ま、別にいいけどな。」
ドアを開け、ベッドにクロを寝かせる。
「明日は依頼人が来るらしいぜ。6時にあの酒場だ。睨むなって。朝には薬が切れる。」
わざわざシーツを掛けたりして、マオはご機嫌だ。
「風邪とか引くなよ。二人に頼みたいらしいからな。」
それだけ言い残してマオは出ていった。
クロは一人で考える。こんなお遊びのような関係は終わりにしたい。
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