ぱしゃん。
水の跳ねる音がした。
続いてバシャバシャと音がする。
マルクはその音を聞くともなしに聞きながら、焚火をつついていた。
後ろにある岩に背中を預けて目をつぶる。
夜の森は暗い。半月では十分に夜闇を照らすことは出来ないのだ。
暫くすると、ザバッと音がして、岩影からリラが現れた。
「ふー‥。お先。日が落ちると、まだちょっと寒いわね。」
マルクは目を開け、火の側に座ったリラに自分のマントを渡した。
「被ってろ。」
「ありがと。」
ふわりと被ったマントの温かさが冷えた肌に嬉しい。
「上着、置いて行ったら?火の側の方が暖かいわ。」
「そうだな。」
マルクはベルトごと剣を外した。
リラが黙って手を差し出すと、マルクも黙って剣を渡した。
「手伝うわ。」
リラは立ち上がると、鎧の金具を外し始めた。
「悪いな。」
リラが触れたのと反対側の金具を外しながらマルクは言った。
「はい、よし。」
鎧が脱ぎ終わると一つ一つを手際良く並べ、リラはさっきまでマルクがいた場所に剣を抱えて納まった。
「ね、あの子のことどう思う?」
「ハーフエルフだな。」
「もう。真面目に答えてよ。」
「…普通じゃあない。」
「危険かしら。」
「わからん。…そこまでは見えない。」
そう言って左目に手をやった。
「あ…」
リラは辛そうに下を向く。
「持っててくれ。」
マルクは何も気付かなかったように首飾りを外して渡した。
「うん。」
これはマルクの身分証明証。革紐の先についているのは少々ごつい金の指輪。
疾走する狼のレリーフが掘ってある。
バトルマスターの証だ。
それから、マルクは上着を脱いで鎧の上に置いた。
「でも、可愛い子よね。」
「…。」
「何よ、好みじゃないの?」
「まだ子供だ。」
「そう。」
クスリと笑って服を暖かい場所に広げる。
顔を上げるとマルクが岩影に入っていくのが見えた。
マルクの身体には古傷がいくつもついている。
身体の傷の数は強くなった数の証。傭兵稼業で、どれだけの命を守ったのだろう?
そして…どれだけの命を奪ったのだろう?
リラはマルクのマントに包まって焚火を見つめた。




「二人共、遅いね。」
ウトウトしていたユーロは、少し心配そうに顔を上げた。
「いや、そんなに経ってないぞ。」
フランが笑いを含んだ声で答えた。
「?」
ユーロはフランの手元を見て首を傾げた。
「何やってるの?」
「デザート作ってる。」
「へぇ。」
興味深そうに身体を乗り出す。
「お団子?」
「そ。薪拾ってる時にポプの木と蜂の巣を見つけてさ。」
「蜂…大丈夫だった?」
「もちろん。小さな種類だったから。」
半分もらってきた。
と、フランは笑ってカップを見せた。
「ポプの団子って食ったことあるか?」
「ううん。」
「なかなか美味いんだ。俺、料理はからっきし駄目だけど菓子ならちょっと作れるんだぜ。」
「なんで?」
ユーロは首を傾げた。旅に必要なのはお菓子ではない気がした。
「ほら、一人旅だと荷物が多いのは嫌だろ?だから粉や木の実だけで作れるものの方が都合がいいんだ。
食事は保存食でも十分だしな。」
「そっかぁ…」
何だか納得した。
「よし。後は丸めるだけだ。」
「はい、お皿。」
「お、サンキュ。」
二人は団子を丸め始めた。



それからしばらくして、リラとマルクが戻って来た。
「あ、デザート♪」
リラは嬉しそうに団子の皿を覗き込んだ。
「ね、マルク、お茶でも煎れない?」
「そうだな。」
「やった。」
リラは鍋を火にかけ、マルクは馬車にお茶の葉を取りに行った。
「これ、このまま?」
ユーロが訊くと、フランは首を振った。
「茹でても焼いてもいいんだけど、今日は焼こうかな。」
フランは串に団子を刺して火にかざす。ユーロも真似をしてみた。
すぐに香ばしい匂いが立ちのぼる。
「美味しそう。」
「だろ?」



その夜は本当に素敵な夜だった。ポプ団子もマルクが煎れたお茶も美味しくて。
ちょっとだけ歌を歌ったり、ちょっとした事で笑いこけたり。
そんな素敵な思い出を、ユーロはしっかり心に刻もうと思った。




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