3.幸せと悪夢


「ね、今日はこの辺りで休みましょ?森沿いに綺麗な川があるわ。」
リラが地図を見ながらマルクに言った。
「わかった。」
短く答え、馬車の速度を落とす。
「もう、そんな時間か?」
荷台からフランが顔を出す。
「そうね。ところであんた、着替えるから交代して頂戴。」
「はいはい。」
リラとフランが入れ代わる。
「さっきは賑やかだったけど、何話してたの?」
「うん、フランが色々お話してくれたの。世界って広いんだね。」
目を輝かせているユーロに、リラは嬉しそうな顔をした。
ユーロが来て数日。この娘は自分達に自然と溶け込んでいた。
「そうよ。信じられないものが沢山あるわ。だから、トレジャーハンターはやめられないのよ。」
「私も、もっと色々なものが見たい。」
「えぇ、これから、沢山見ていけばいいわ。」
ユーロの頭を撫で、リラは着替えを探し始めた。
「リラ。」
「ん?」
「ありが…。」
「いいのよ。その言葉は、あなたとお兄さんが再会出来た時にもらうわ。」
首を振り、リラが上着を脱ぎかけた時…
「伏せろ!!」
というマルクの声と、鈍い音がした。
続いて馬車が急停止する。
「出てこい。」
マルクの声が静かに聞こえてきた。
「…っ…。」
フランの呻き声も聞こえた。
リラはユーロを押さえたまま、静かに外の様子をうかがった。
「来ないのならこちらから行くぞ。」
マルクは剣を構えたまま、相手のいる方を睨む。
「あー、怖い怖い。」
緊張感のない声と共に、襲撃者が姿を現した。
「…。」
マルクは無言で相手を睨む。
襲撃者も鋭い瞳だった。布が顔と頭を覆っているので、目と、深緑の前髪しか特徴がわからない。
「賊か。」
「いいや。正義の味方さ。おいそこの坊主!」
「はぁ?坊主?」
フランが襲撃者を見る。
「お前だよ。それ以外誰がいる。」
「…何だ。」
「お前が盗んだのを返してもらおうか。」
「俺は何も盗んじゃいない。」
フランはボウガンを構えている。襲撃者はヤレヤレと首を振り、肩をすくめた。
「店にあるものを勝手に持って行ったら駄目だって教わらなかったのかねぇ…。」
「人にものを尋ねる時は丁寧にって習わなかったのか?」
二人の間の空気がピリピリする。
「ま、なんでもいい。中の娘をよこしな。」
「断る。」
「仕方ねぇな…っと!」
再び投げられたナイフをマルクがたたき落とし、疾走してきた相手を迎え撃つ。
「俺はっ」
襲撃者はマルクと一合打ち合ったあと、ふいっと消えた。
「飛び道具は嫌いだ。」
その声と同時にフランの弓の弦が切れた。
「!」
フランは慌ててダガーを引き抜くが、その時にはもう、相手は間合いの外だった。
「どこ見てた?」
愉快そうな声と同時に、マルクの剣をギリギリでかわす。
「っぶね…。」
「抜け。」
「やだね。それよりも…」
ヒュン…
その時、細い音がして幌の中から針が飛び出した。
「娘、登場よ。」
リラが笑う。
「…俺的には好みだけど、ハズレ。」
襲撃者はつまらなさそうに肩をすくめる。
「人の着替えを邪魔しといてハズレもないもんだわ。」
リラが口を尖らせる。
「あはは。そりゃ失礼。」
「とにかく3対1よ。あなたも無傷では済まないわ。退いて頂戴。」
マルクとフランも武器を構え直す。
「…。」
しばしの沈黙。
「仕方ねぇなぁ…。」
襲撃者は頭を掻くと、武器を収めた。
ひそかに、リラは拍子抜けする。
「俺、喧嘩しに来たわけじゃねーし。」
それだけ言うと、襲撃者は荷物を放ってあっさり背を向けた。
「待てよ。」
フランが呼び止める。
「目的は。」
「さぁな。」
振り向いた襲撃者は肩をすくめる。
「俺は雇われ者。お偉いさんの考えなんざ知るかよ。」
それだけ言い捨てて行ってしまった。



「…ふぅ。」
リラが溜息をつく。
「行ったみたいね。」
「リラ…」
ユーロが顔を出した。
「…ごめんなさい…。」
辛そうに下を向くユーロの肩をリラが抱いた。
「大丈夫よ。もっと危険な目にもいっぱい遇ったわ。」
「…。」
マルクは黙って残された袋を見る。
フランは用心深くその袋に触れる。
「…大丈夫みたいだ。」
袋の中身は女ものの服だった。
「あ、私の。」
ユーロが驚いて声を上げた。
「杖、入ってない!?」
袋まで駆け寄る。
「これか?」
フランは短い棒のようなものを見せる。
「そう!」
今までにない程の勢いでユーロは袋の中をさばく。
「よかった…!」
袋を抱きしめるユーロ。
『?』
三人は顔を見合わせた。
「これ、宝物なの。」
ユーロは袋を持って立ち上がる。
「組み立てると杖になるんだよ。」
「そう、じゃあ、とりあえずもう無くさないようにしないとね。」
リラが微笑み、手招きする。
「うん!」
ユーロはリラの傍に駆け寄る。もう、すっかり懐いているらしい。
その後ろ姿に、フランは微笑ましさを感じた。
「マルク。今日は湖のそばで休みましょ。」
「あぁ。」
日が赤みを帯びてきた空を見上げ、マルクは頷いた。





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