「陛下…陛下?」
侍女の声に、ハッと我に返る。きらびやかなシャンデリア、賑やかな談笑…そんな中、エーレはぼんやりと座っていた。
「どうなさいました?ご気分でも…?」
その声に、周りの貴族達も静かになる。
「何でもない。新しい燭台に見惚れていた。…続けてくれ。」
笑顔で返すと、安堵した顔が見えた。広間には再びざわめきが戻る。
今日は月に一度の小さな夜会だ。この国の、要とも言える人々とその家族だけが集う。
妻を連れてくる者、子供を連れてくる者…和やかな雰囲気が漂っている。
「いかんな。このような席で。風に当たってくる。」
侍女にもう一度微笑み、席を立った。
「…陛下。」
後ろから追い掛けてくる声。振り向くと、金茶色の髪をした貴婦人が近付いてきた。
「外で、お飲み物でもいかがですか?」
「えぇ、いただきましょう。」
二人はバルコニーに出た。
「お身体の具合はよろしいのですか?」
少し心配そうな声。
「えぇ、何も問題ありません。何故ですか?」
「不安なのです。陛下の身体に何かあったらと思うと…」
貴婦人は庭園を見下ろしながら呟いた。
「姉上、私はどこへも行きません。ご心配なさらずとも。」
この貴婦人…クローナはエーレの姉にあたる。今は、たった二人だけの姉弟だ。
そう、今は。手がしっかりと欄干を掴む。
「えぇ、わかってはいますが…つい。」
そこで、クローナはエーレを見た。
「私は長子、あなたは末子…今は、私と…あなただけ。」
だんだんと顔が下を向く。
「姉上…いや、クローナ姉様。」
エーレは姉に歩み寄って手をとった。
「私はここにいます。どこにも行きません。それに、万が一私がいなくなったとしても、もう家族がおありでしょう?」
「そうですね…でも、肉親を失うことに、慣れなどありませんよ…。」
「姉様は心配しすぎです。国は平和で、私はこんなにも健康なのですよ。」
エーレが自分の胸を叩く。
「そうですね。」
クローナは少し笑い、再び庭園に目を向けた。
法力で出来た白い炎が植え込みや噴水を淡く照らしている。
「レアル様が代わりますね。」
「…えぇ。」
ナイラの事を思いだし、エーレは複雑な気分になった。
今夜はレアルは来ていない。引継ぎの仕事が忙しいようだったので、無理にとは言わなかったが。
「美しい方でしたでしょう?」
「ご存じなのですか。」
「えぇ。一度だけお会いしたことがあります。主人がレアル様とは交流が深いので。」
そこで、クローナは思い出したように吹き出した。
「可愛らしい方でしたわ。私、女性と間違えてしまいましたもの。」
「…私もです。」
あれは、間違えない方がおかしい。ゆったりとしたローブだったし。
「レアル様はどうなさるおつもりでしょうね。」
「?」
「あの方なら、女性だと偽って公表しかねませんわ。」
「…。」
いくらなんでもそこまではしないと思うが…。
まぁ、されたとしても、誰も疑わないだろう。
「あのような顔の男がいるのが驚きです。」
白い手も、顔を縁取る青い髪も、少し憂いを含んだ藤色の瞳も…
「本当に。」
クローナはくすくすと笑う。
「ですが、さすがにレアル様のご子息ですわ。芸事に長けていらっしゃいます。」
そういえば、先日はチェスをやった記憶しかない。
(次に会ったら何か頼むか。)
まぁ、チェスも楽しくはあった。前回は勝ったが、次はどうなるかわからない。
「陛下とならきっと上手くやっていけますわ。」
「そうですね。」
嫌な感じはしなかった。いや、むしろ、もっと知りたくなった。
「姉上。もうそろそろ戻らないと、お体が冷えますよ。春とはいえ夜風は冷たい。」
「そうですわね。戻りましょうか。」
二人は微笑みを交わして広間へ戻っていった。





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