2.藤色の瞳


そこは、ぽかぼかと日が照る広い回廊だった。緋色の絨毯が敷かれ、壁には様々な絵画がかけられている。
その場所を、一人の男がゆったりと歩いていた。
絵を見つつ、景色を見つつ。何処かへ行こうとしているわけではなさそうだ。
浅黒い健康的な肌に、後ろで一つにくくった赤紫の長い髪。額には朱色の模様が描かれている。
ふと、足が止まり、一枚の絵を見上げた。
そしてそのまま…どれくらいの時間が経っただろうか?
「レアル様?」
名前を呼ばれ、男はゆっくりそちらを見た。
「おや。」
立っていたのは長身の青年だった。少し垂れ気味の翡翠色の瞳が印象的だ。
「これはこれは。公爵様でしたか。」
低い、滑らかな声。
その声を耳にした瞬間、青年の背筋はゾクリと波立った。
「…。」
まずい時に声を掛けてしまったのだろうか…?しばらく黙っていると、レアルが少し笑った。
「どうしました?」
「…申し訳ありません。」
「?」
「いえ…」
一礼して青年が立ち去ろうとすると、レアルはやっと理由がわかったようだった。
(あぁ、声か。)
そしてひとつ頷くと、青年を呼び止めた。
「待て。別に機嫌が悪いわけじゃない。」
「…。」
振り向いた、疑わしそうな顔。
「切り替え忘れただけだ。これでいいだろう?」
確かに、いつもの明るい声だ。
大袈裟に肩を竦めるのもいつも通り。
でも…
「陛下とお話をなさったのですか?」
元気ではなさそうだ。
「あぁ。」
軽く頷き、また絵に目をやるレアル。
額の中では朱い髪をなびかせた女神が空を見上げている。
「どのようなお話ですか。」
少し躊躇われたが、青年はあえて口を開いた。
レアルも少し躊躇ったようだが、少し目を伏せて身体を青年の方へ向けた。
「…これからの事について、な。」
「これから…?」
「もう、やめようと思う。」
「!?」
声が、出せなかった。
「…あいつもお前も、十分に育った。」
「そんな…」
「もう、お役御免だ。」
「私は…!」
「しかも、お前に至っては育ち過ぎた。」
少しうらめしそうな顔。
「俺よりでかくなりやがって。」
「バルセロス公…」
それが聖職者の使う言葉かと思ったが、それは仕方ない。この人はいつもそうなのだ。親しい人々の前では。
ただ、今はそれどころではない。
「引退、ということになると…あの方が跡を継ぐのですね。」
「不満か?」
「いえ…それよりも…」
貴方がいなくなる方が…という言葉を無理矢理飲み込んだ。
言ったところで何にもならないから。
「ま、こんなところでする話じゃあない。」
「…はい。」
そう、ここは王宮なのだ。国王エーレの住まう宮殿。
「では…」
「あぁ。またな。」
レアルは薄く笑って青年の背中を見送り、また絵を見上げた。




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