暴走した馬は怖い。朝市も終わり、街の人は朝食を食べている時間帯なので人は少ない。それでも、フランは手綱を握りながら冷や汗を掻いていた。
「こいつっ…!」
すると、荷台で荷物と格闘していたリラがマルクが投げたのと同じ野菜を持って来た。
「要するにコレで、しょっ!」
そして馬の前に投げる。
それに気付いた馬が急停止をかけ、竿立ちになった。
「おわっ!」
フランがのけ反り、後ろにいたリラの額に思い切り頭をぶつける。
『…!』
鈍い音がし、二人は無言でうずくまった。
「おい、あんたら。」
声をかけられ、二人が涙を浮かべた顔を上げる。
「今日は大道芸なんてやってる場合じゃないんだ。派手な登場しても駄目だぞ。」
困った顔をしてそう言っているのは見知らぬ中年男性だった。
「へ?」
よく見ると、ここは街の真ん中の広場だ。
「あ、そうなの?」
リラはつい調子を合わせた。
「あぁ。」
「何でだ?」
ついでにフランも便乗する。
「泥棒が出たんだ。」
『泥棒?』
「大事な商品を盗まれたらしい。」
「そんなに高いものを?」
リラが首を傾げると、男が声をひそめた。
「そうさ。なんでも、上等な奴隷だったらしい。」
「…へぇ…。」
「領主様に献上するつもりで置いといたらとんでもない高額の買い手がついたんだとさ。」
「それを盗まれたってわけか。」
「おう。だから、余計に悔しいってわめいててね。」
確かに、広場の反対側に人が集まっている。
「保安官に届けを出すそうだよ。」
「どんなに綺麗だったのかしらね。」
「銀髪に金眼の女ハーフエルフらしい。」
髪が銀なら北の生まれだろうから色も白いだろうな。と話す男。
「店主は薬を醒ますために外に置いといたらしい。」
「薬?」
フランが首を傾げる。
「ライズ草ね。痺れ薬の一種よ。一晩月光に晒さないと効果が消えないの。」
酷いことを…と、リラは内心で眉をひそめた。
ライズ草は相手から考える力を奪ってしまう。人形のように、ただ座っているだけの状態になってしまうのだ。
「姉さん詳しいな。」
「そりゃね。こんな仕事だと色々な場所に行くから。」
リラは笑って返した。
「ありがとう、おじさん。じゃあ、今日はここじゃ商売出来ないわね。出直すわ。」
リラが微笑み、フランに目配せする。
「あぁ。ありがとな、おっちゃん。」
二人で来た道をゆっくり戻る。
「…ヤバイわね。」
「…まさか献上品とはな。」
ひそひそとこれからの算段をする。




「あ、マルクだ。」
しばらくして、フランが明るい声を上げた。
「…。」
肩の上のユーロが苦笑いしながらフランを見た。
マルクは馬車を見るとユーロを降ろす。
「大丈夫か。」
「うん。」
若干、マルクの息は上がっていた。
「お疲れ。乗って頂戴。」
リラが御者台を譲って荷台に移る。
「あなたも。」
ついでにユーロも引っ張り込んだ。
「…。」
マルクは黙って御者台に座り、息を整える。
「今日は広場じゃ商売にならない。出直そうぜ。」
フランが少し大きめの声で言った。
「そうだな。」
マルクは馬の頭をめぐらせ、来た道を戻って行く。
「…北からは出られないんだな。」
「あぁ。東から頼む。」
前を向いたまま、フランが囁いた。





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