「着替えたよ…。」
ユーロがひょこりと顔を出す。
「おぉ。髪が赤い。」
「へ、変かな?」
「もう、入りなさいよ。」
リラは少し頬を膨らませ、顔だけ覗かせていたユーロを中に入れた。
「確かにあの髪は目立つからな。」
マルクが頷く。
「じゃあフラン。仕上げをしてあげて。」
「仕上げ?」
「あぁ。旅の一座で歌を歌う仕事の奴は顔に模様を描くだろ?」
「…そうなんだ?旅芸人とか見たことない。」
「あはは。」
まぁ、エルフの村には行かないかもな…と思いつつ、フランは道具箱を開けた。
「リラ、水。」
「はいはい。」
「ユーロはそのまま。前髪だけ上げてくれ。」
「はい。」
「何色がいいかな?髪が赤だから…」
「紺ね。」
リラが言った。
「そうだな。模様が目立った方がいい。」
フランがユーロの頬や額にぺたぺたと素早く模様を描いていく。
「…。」
「どうした?」
「くすぐったい。」
「…我慢。」
「うん。」
そうこうするうちに、リラとマルクは荷物の整理を始めた。


「よし。」
「ありがとう。」
「出来た?」
「あぁ。」
「じゃ、行きましょ。こっちも終わったわ。」
「おう。じゃ、行きますか。」
フランの号令で4人は宿の外へ向かった。
リラがお金を払っている間にフランが幌馬車の御者台に座り、マルクが馬を繋ぐ。
「ほら。」
マルクが好物の野菜を差し出すと…
カプ。
マルクの前髪に噛み付いた。もちろん、じゃれただけなのですぐに離したが。
「あ、えっと…」
ユーロは慌ててハンカチを取り出す。
「大丈夫?」
「…あぁ。」
「あんまり大丈夫そうには見えねぇぞ…?」
フランのその呟きは完全に無視された。


ユーロがマルクの髪を拭き終わると、腹いせのつもりか、マルクが野菜を遠くへ放り投げた。すぐに見えなくなる、野菜。
馬がそれに反応して動く。
慌てたのは御者台に座っていたフランだ。
「ヤバイって!」
「ちょ、何やってるの!?」
宿から出て来たリラが慌てて荷台に飛び乗る。
だが、その時には馬は走っていた。
「走るぞ。」
マルクがユーロを促す。
「あの…」
もじもじするユーロ。
「どうした?」
「靴が…」
そう言われて足元を見たマルクは、無言で天を仰いだ。華奢なサンダル…これでは走れない。
「全く…」
いまいましげに舌打ちをするマルクを見て、ユーロは首をすくめる。
「ごめんなさい…。」
「いや、お前は悪くない。担いでもいいか?」
「は、はい。」
ユーロが頷くのを確認し、マルクはユーロに背を向けてしゃがんだ。
「少々硬いとは思うが。」
「じゃあ、失礼します。」
マルクの肩の上に身体を乗せながら、ユーロは誘拐されてるみたいだ、と少し思った。
盗賊が女性を掠う時の姿に近い。
マルクはすくっと立ち上がり、ユーロの腰に腕を回した。
「掴まってろ。」
ぼそりと宣言した後、猛然と走り出す。
「…!」
ユーロは慌ててベールに手をやり、飛ばないように押さえる。
自分と鎧で、一体どれだけの重さなんだろう?と疑問に思いながら。だって、マルクは速かったから。自分が全力で走るよりも。





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