カタン…

微かな物音に、若い女が顔を上げた。
部屋の外でひそひそと話し声もする。
(フランの声ね。)
話し声ということは、誰かと一緒だということか。
読んでいた本を閉じ、女は静かに扉を開けた。
「何してるの?」
「…リラ…。」
びくりと肩を震わせるフラン。
「その娘、誰…?」
リラと呼ばれた女は、フランが抱えているユーロを見た。
「あ…えっと…」
口ごもるフラン。
「ナンパしたの?珍しいわね。」
「いや、違うよ。奴隷商の前で見つけてさ…ほっとけないだろ?良心的に。」
「ふうん…で、思わず連れてきた?」
「…ハイ。」
「おバカ。」
しゅん…としたフランに、リラはにべもなく言い放つ。それから、再びユーロを見た。
「あなた、名前は?」
「あ、はい、ユーロっていいます。」
「…。」
リラは仕方がなさそうに首を振ると、部屋の中に引っ込んだ。
「今の綺麗な人、フランの彼女?」
ユーロは首を傾げた。
「へ?いや、まさか。確かに美人だけど、幼馴染ってだけだ。」
「そうなんだ?」
「あぁ。」
フランが頷いていると、リラがガウンを持ってきた。
「寒かったでしょ?とりあえず、今日は私の部屋で休みなさい。」
「…俺?」
フランがキョトンとした表情で問い返す。
「違うわよっ!」
リラがフランの頭をはたく。どうでもいいが、少しだけいい音がした。
「ありがとうございます。」
ユーロはリラに頭を下げ、床に降りてぱさりとガウンを羽織る。
「サンキュ、リラ。この恩は3日間くらい忘れないぜ♪」
小躍りしそうな様子でフランがはしゃいだが…
「マルクには自分で説明しなさいよ。」
この言葉を聞いた途端、笑顔が消えた。
「うわ…。」
「それがケジメ。」
そう言うとリラはユーロを招き入れ、パタンと扉を閉めた。
「…どうしたもんかな…。」
フランは小声で呟くと、思案顔で自分の部屋へ足を向けた。


一方、リラはユーロを座らせて質問を開始した。
「貴女、なんでこんな街にいるの?」
この街はこんな娘が一人で来るような街じゃない。
「…。」
ユーロは俯いたまま答えようとしなかった。よっぽど、言えないような理由があるのだろうか。
しかし、あまりに沈黙が長かったのでリラが顔を覗き込むと…
スゥ…
(…寝てるし…。)
大した度胸だ。それとも疲れが溜まって限界だったのだろうか。
…まぁいい。時間はあるのだ。朝になってから訊いても遅くはないだろう。
「ほら、ベッドの上に行きなさい。」
リラが軽く肩を揺らすと、半分…というか半分以上寝ぼけた顔でユーロがへにゃりと笑った。
「…えへ…ありがと…。」
そしてベッドの上で丸くなる。

リラはそれを見て笑いがこみ上げた。
(…変な子。)




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