部屋の奥、バルコニーに白い椅子とテーブルが置いてある。
その白い椅子の上に、こちらに背を向けて胡坐をかいている人影があった。
背中まであるくすんだ金髪が風にそよぎ、背景と相俟って幻想的な雰囲気を醸し出している。
餌でもやっているのか、小鳥が欄干に止まり、リスが駆けていた。
小動物に好かれるということは、悪い奴ではないんだろう。
しかし驚きだ。
「…お前の主は何歳だった?」
声を潜めてラトに訊く。
「今年で6歳になられます。」
「そうか…最近の子供は侮れんな。あんなにデカくて羽根までついてるのか。」
「違いますよ!」
冗談だったのに、真に受けたラトは大きな声を出す。
ぴゃっ!と小鳥が逃げていった。
「誰?」
続いて鈴を振ったような声がした。
「レアル様がお見えです。」
「…そう。」
つれない子供だ。しかし…それよりも…
「よせ。」
何か言おうとしたラトを制し、金髪の後ろ姿に近付いた。
隣に立ってみると、金髪のシルフの胸に背中を預け、膝を抱えてちょこんと座る女の子がいた。
肩には小さなリスが乗っている。仔リスだろう。
「レアル・バルセロスだ。」
「…。」
反応が無い。普通は名前を名乗るものだと思うんだが…。
「どうした?名乗るのが嫌か。」
子供は首を振って呟いた。
「本当の名前じゃないんでしょ?母さんが言ってた。レアルっていう名前は全部ウソだって。」
「そうか。」
味なことを言う。確かにレアルという名前は主教を引継ぐための名前だから、本名ではない。
昔から、乙女宮の主教は全員レアルなんだ。
「ならばもう一度言おうか。俺の名はエクシード。エクシード・バルセロスだ。」
「…ナイラ。ナイラ・アレクサンドリア」
ナイラが初めてこちらを向いた。
白磁のような白い肌に大きな藤色の瞳。肩口で切りそろえた髪は綺麗な青色だ。
その辺の役者絵より美しいかもしれない。ただ、表情は暗く、生気は感じられない。
「どうしたんだお前。俺が嫌いか?」
屈みこんで目線を合わせると、ナイラはまた目を伏せた。
「貴方が嫌いなんじゃない。ただ…」
「ただ?」
「…人間が嫌い…。」
…これは重症だ。両親が人間に殺されたからだろうか?
「ラトは?」
「ラトは、平気。ずっと、一緒だから。」
「そうか。」
俺は立ち上がり、目配せをした。ラトは頷き、ナイラに声を掛ける。察しの良い子だ。
「ナイラ様、湯殿が空いていましたが、いかがですか?」
ナイラは金髪のシルフを見上げた。そしてシルフが頷いて頭を撫でると、
「またね。」
と仔リスに頬を寄せて別れを告げ、ラトについて部屋を出て行った。
「…重症だな。」
俺の言葉にシルフが答えた。
「あぁ、両親がいなくなってから、ずっとだ。」
「可哀想にな。ところでお前はナイラのシルフか?」
「シルフじゃない。天使だ。天使のバーツ。」
俺はバーツの左頬にある十字架の印を見て妙に納得した。
「バツ印だからか。」
「違う。」
「……。」
「……。」
意味の無い沈黙が流れたが、先に口を開いたのはバーツだった。
「あんた、主教なんだろ?凄い力を持ってるんだろ?あいつ、何とかならないか?このままだと…あいつの心が死んじまう。」
「…。」
無言で欄干にもたれ、空を仰ぐ。
「俺に引き取ってもらうにはいくつかの条件がある。」
「何だ?」
「ふむ…。その1、見た目が良いこと。」
「文句は無いだろ、あの顔なら。」
まぁ、確かに傾国の美女になれると思う。
「その2、マリエルは芸術の神だ。だから音痴は困る。」
「大丈夫だろう。両親は二人とも歌が上手かった。」
ダイムは笛の名手だったらしい。一度くらい聴いてみたかった。
「その3、腐っても主教だ。法力は人並み以上に使えないとな。」
「…そこはわからん。」
腕を組み、バーツを見つめる。
「幼すぎる…不利だな。」
バーツは低く唸った。
「まぁ、安心しろ。年齢によって基準は違う。あぁ、そうだ。お前、飛べるよな?」
「当たり前だ。馬鹿にするな。」
憮然とした返事が返ってくる。
「じゃあ、今晩俺の部屋に来いよ。」
「は?」
「ナイラの話、詳しく聞きたいんだ。今夜は満月だろう?月が真南に来る時間に来てくれ。
バルコニーに赤い花を飾っておくから。じゃあな。」
「お、おい!」
言うと同時に俺は欄干から飛び降りた。もうそろそろ帰らないとフィンクが怒る。
着地する前に風を身体に纏わせる。
ふわり、と裏庭に降り、中庭へ向かった。





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