まず向かうのは中庭。この館で外遊びをするならここしかない。
…なるほど、数人ずつのグループになって遊んでいる。歩いて行くと、何人かが珍しそうに寄ってきた。
「こんにちは。ご機嫌麗しゅう。」
口々に言って頭を下げる。好奇心が強い子供達だ。大体、10歳前後だろうか。
寄ってこなかった子供達もちらちらとこちらを見ている。
「こんにちは。」
笑顔で答えると、一人の女の子が俺を見上げて言った。
「小父様はどなた?」
…少しだけ傷つく。俺の外見は25のときから変わっていないのに、小父様は酷いんじゃないだろうか。
「マリエル様に仕える神官だよ。」
「神官さん、そこにいるのは精霊?」
男の子が訊いてくる。女の子と顔が似ているような気がするが、親戚だろうか。
「あぁ、虎の精霊さ。」
へぇ…と言いながら、男の子はフィンクをまじまじと見た。
「赤紫の長髪に白虎の精霊…あなたはレアル様ですね?」
突然、新しい声が割って入った。
その途端、他の子供達が凍りつく。
そんな中、一人だけ悠然と歩み寄ってきた子供がいる。
「お目にかかれて光栄です。」
見たところ、12,3歳だろう。俺の前に跪き、衣の裾に口付けた少年…。
短めに整えた薄茶色の髪がさらりと揺れた。
「…。」
「 我らが師父 この上なく艶見事なるあでやかの顔
ふさやかに豊かなる髪よ
振り乱しては煌く長き鎖 梳りては細雨に濡れし葡萄の房
こはまことに純血の
燦然たる褐色の息子 今ひとたび敬礼せよ
我らが高貴の黒豹に 」
よく覚えたもんだな、こんな詩。初めて聴いたときは口から歯がなくなるかと思った。
「まさにその通りのお姿で驚きました。」
「…そうか。よく、覚えたな。」
笑いたくなるのを何とか抑え、名前を聞くとドラクムというらしい。
「お兄様…」
横から女の子が走ってきた。どうやら妹のようだ。
「失礼致します。どうした、リディア。」
ドラクムが振り返る。
「教えていただきたいことが…あら?そちらの方は?」
「レアル主教だ。」
「ま…あ、これは大変な失礼を…」
リディアは慌てて跪いた。
「気にするな。今日は少し遊びにきただけだ。」
笑いを浮かべ、リディアの頭を軽く撫でた。
「優秀な兄だな。」
「はいっ…!」
金髪の少女は嬉しそうに頷いた。
この兄妹は色素が薄い。たぶん、南の人間と別の地方の人間が両親なのだろう。
ついでなので、この場にいる全員の名前を聞いた。
「…16人と聞いていたのだが。」
呟くと、ドラクムが応えた。
「おそらく蔵書室でしょう。」
「そうか、では行ってくるとしようか。フィンク、少しこの子達と遊んでいてくれ。」
やはり、何か言いたそうなフィンクを無視する。
「大丈夫だ。敵意を持って接しないかぎり乱暴はしない。」
少し遠巻きに眺めている子供にも聞こえるように言い、蔵書室に向かう。
蔵書室にいたのは少し年かさの、十代も半の少年少女だった。さすがに落ち着きがあり、中庭で遊んでいた子供達とは一味違う。
ただ…自分の立場を具体的に理解しているらしく、何となく元気がなかった。
一人だけ決めろというのには無理があるような気がしてならないが、これもしきたり…仕方ない…。
と、いきなり大切なことを思い出した。まだ一番の目的に会っていない。
フィンクは青い髪だと言っていたが、そんな子供はいなかった気がする。
と、そこへ…
「…。」
噂をすれば…だ。ラトが頭を下げていった…ん?ちょっと待て。この館には候補者本人しか入れないんじゃなかったか?
どうして世話係がいる?
「こら、お前。」
声を掛けると戻ってきた。
「何でしょう?」
「何故ここにいる?」
「はい、なにせまだ幼い方ですので特別に。」
「…そうか。で、お前の主人はどこにいる?」
「今はお部屋にいらっしゃいます。」
「起きているのか?」
「えぇ、おそらく。」
じゃあ、決まりだ。俺はラトの後ろをついていった。
「ただいま戻りました。」
ラトは軽く扉を叩き、開けた。
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