3.来客

「楽しいか?」
中庭に入り、フィンクに近付いた。
『はい。』
目をキラキラさせて皆が頷く。フィンクは尾をくゆらせて座っていた。
「それは良かった。さて、今日はこのくらいで帰るか。」
精霊に向けられた言葉を聞いて、名残り惜しそうな顔がこちらを向く。
本来、精霊なんてものは高位の神官だけが持てるものだ。憧れる気持ちはよくわかる。俺も母の精霊が羨ましかったっけ。
「では、またな。」
別れを告げ、自分の部屋へ帰った。ま、戻るのは簡単だ。何せ自分の部屋だから、移動方陣で簡単に帰ることが出来る。
館の外に出ると、フィンクには軽く礼を言って帰した。





帰ってから、部屋をぐるりと見回す。寝台、本棚、飾り棚、テーブルの上の燭台…何の変哲も無い自分の部屋だ。問題は、赤い花。
どうやら飾っていない。世話係に頼んでおくか。
さて、夕食までには時間がある。と、いうわけで湯殿に向かうことにした。
移動方陣で帰って来たのでまだ屋敷の皆は俺が帰ったことを知らない。と、なれば。湯殿に向かうしかない。
一人でのんびり湯船に浸かるのは大好きだ。側女なんていないほうがいい。
こっそりと湯殿に向かい、浴衣に着替えて湯船に身体を沈める。
「ふわぁ…」
手を組んで、頭の上に腕を伸ばして身体を伸ばす。
つるっ
身体を支えていた足が滑った。
「っ!?」
バランスを崩して頭から湯を被る。
「…。」
ほら、だから湯浴みは一人がいい。こんな時、脱衣所に誰か控えてられたら慌てて様子を見に来る。
それでも、一人だと何だかつまらないのでフィンクを呼んでみた。
「んもう!何よ主!今度は背中でも流せっていうの!?」
不機嫌全開だ。ま、そりゃそうか。あれだけの人数を押し付けたしな…。
「いや、今日は疲れただろうから洗ってやろうかと思って。」
「…。」
少しの沈黙のあと、不機嫌な顔がずいっと迫ってきた。
「何の冗談?」
「疑り深いな…。嘘なんてついてどうする。」
「…。」
「信じろって。お前は本当に良い精霊だよ。感謝してる。」
目の前にあった山吹色の前髪を掻き上げ、額に軽く唇を押し当てた。
これは乙女宮の人間がよくやる行動で、相手を祝福したり、感謝や親愛の情を表す仕草だ。
「そ、そう?まぁ、当然よね。」
心なしか嬉しそうに胸を張る精霊に
「ほら、俺がのぼせるから。」
と言って湯から上がる。
小さな椅子を引っ張り出して座ると、フィンクは俺の前に座った。
「しかしな…背中の面積は絶対にお前のが広いから不公平だな。」
泡のついた布で縞を擦りながら愚痴ると、フィンクはぷいっと明後日の方向を向いた。
「太ってるわけじゃないわよ。」
「いや、乗せてもらってるし、悪くはないけどな?…っていうか髪の毛が邪魔。上げろよ巻き毛。」
一房掴んで引いてみる。かなり伸びた。
「巻き巻き。」
素直に感想を言うと、尻尾でつつかれた。
「いいじゃない。主も長いでしょう。巻いたら?」
「冗談、俺が巻いたら国中のファンが泣くね。」
「…そうですか…へぇ…」
ため息混じりにそう言うと、フィンクは気持ち良さそうに伸びをした。





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