夜、風呂上がりにルナリアが候補となる子供達の名簿を持ってきた。
「レアル様。」
長椅子に寝転んだまま資料を見ていると、ルナリアがいつもより低い声を出した。
「何だ?」
「お風呂上がりに持ってきてしまって申し訳ありません。ですが、お願いしますからもう少しきちんとした姿勢でお読み下さい。」
「ここは俺の私室だ。たまにはくつろがせろ。」
「しかし…」
「ん?」
「私も女のはしくれです。」
「いや、はしくれなんて謙遜はするな。美人だぞ。」
ルナリアは美人だ。ハイエルフ特有の金色の目と、ヒュンと伸びた耳。
今は機嫌が悪いので、ライオンのような尾がはたはたと動いている。
「姿の美醜ではありません。」
たしなみってやつだよな、やっぱり。
「…わかったわかった。」
面倒だが身体を起こすと、浴衣を整えた。
「これでいいか?」
「はい。」
やっとルナリアの機嫌が治る。
「やはり…ナイラなんていう名前は無いな。」
「はい。そもそも、存在していたことが驚きです。」
「そうか…。親は賊に襲われたんだったな?」
「はい。子供は傍仕えと外出していたため無事だったようです。」
「なるほど。あわよくば皆殺し…しかし不思議だな。その子供が、何故バルセロス一族の屋敷にいるんだ?」
「申し訳ありません、そこまでは…」
顔を伏せるルナリア。
「いや、上等だ。そこまで解ったなら気になるな。そのナイラとかいう子供。」
「名簿に加えておきますか?」
「あぁ。頼む。」
「かしこまりました。では、失礼いたします。」
ルナリアが出て行った後、俺は深々と溜め息をついた。
子供選びがこんなに大変だとは思わなかった。と、いうか、始まる前からこんな事件が起こるとは思ってもみなかった。
自分が選ばれた時は、気がついたら選ばれていた。そんなものだと思っていたのに。
「…。」
バルコニーに出ると、仄青い月明かりが射していた。
欄干に身体を預けると、ひんやりしていて気持ちがいい。
しかし、主教というのも因果なものだ。
時はファーネル暦2713年のシルマ間の月。
夏に向かうこの時期は、昼が長くなる代わりに月がだんだん遠のいていくため、夜の闇が深くなっていく時期だ。
俺の住むヴェストファーレン王国は女王アイーナ5世が統治する平和な国。
つい先日、第一子であるのアンドロス王子が風の女神ミーティアの洗礼を受けて成人した。王権が交代する日も近いだろう。
ちなみに、国には三つの神殿がある。成功の神を祭る勝利宮と、豊穣と再生の神を祭る豊穣宮と、愛と芸術の神を祭る乙女宮と。
三つの神殿を仕切っているのは三大貴族と呼ばれる公爵達だ。
各神殿の最高位の神官は主教と呼ばれ、一族の当主がつとめている。
で、俺は乙女宮の主教で、ついでにバルセロス公爵家の当主なわけだ。
乙女宮の主教は特殊な職業で、他の神殿の主教とは少し違う。
我が乙女宮の神殿に祭られている女神マリエルは、独占欲が強い。主教が伴侶を持つのが許せないのだ。
自分以外の誰かが自分のモノの心を満たすのが、我慢ならないのだ。
だから、乙女宮の主教は結婚が出来ないし、恋をすることも許されない。
主教は心をマリエルに差し出す。その代償として、主教である限り不老の身体を手に入れる。
「…。」
俺も、もう10年もこの姿のままだ。いい加減、跡継ぎを育てようと思い立って今回の行事が行われることになったのだ。
跡継ぎの子供は、一年で一番日が長い日に決めることになっている。
もう少ししたら、候補の子供達が沢山集まってきて…屋敷の中で暮らす。その期間は一週間。
主教に求められる条件は、文才、楽器、舞踊、容姿だ。歌も出来るに越したことはない。何より、芸事に秀でていることが求められる。
俺は、確かに優秀だったようだが、少々生意気な子供だった。
母…というか先代の主教は何を思って俺を選んだのか、俺は未だにわからない。
「…。」





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