「バァカ。んなことあるわけないだろ。」
くしゃくしゃと青い髪を掻き回す。
「で、でも…恐い人達が…」
「関係無い。」
思わず語気が荒くなった。
「…。」
「大体な、お前にそんな力があったって俺には効かない。」
「…ホント?」
藤色の瞳が心配そうに見つめてきた。俺は出来るだけ優しく言い返す。
「本当だ。主教の力をナメるなよ?お前にたいなちびの呪いなんて効くもんか。」
女神様のご加護があるからな、と笑う俺に、ナイラは深く息をついた。
「そっか…。」
「で?他に言いたいことは?」
「ううん…でも、僕…帰りたくない…。」
「ここにいたいのか?」
「……。」
「何があった?」
「みんな、僕が嫌い…。おじい様も怒ってたし。」
「何て?」
「なんであんな奴を引き取った、って。穢れてるって、魔族の化け物だっ…て。」
ここで言っても仕方無いが、魔族と精霊は別物だ。
「…他には?」
「仲良しだったリスの子が死んじゃったとき、新しいお母さんが言ったんだ。
お前はお人形さんみたいな顔をしているのにどうして涙なんか流すの?…って。おかしいって。魔物に心なんかないはずなのに…人形みたいな顔してるならいっそ人形でいればいい…って。悪魔のくせに泣いたり笑ったりするなって…汚らわしい…から。
僕…もう、泣かない。笑わない。人形で、いい…。」
頬を押さえる仕草…きっと、爪を立てられたんだろう。
それからのナイラの話は悲惨の一言に尽きた。
怒りっぱなしの祖父母、冷たい叔父と叔母、意地悪な従兄弟達…。
バーツは結界で大半の力を奪われ、ラトは台所の隅で真冬も水仕事ばかりさせられていたらしい。
ナイラに与えられていたのは腐りかけの残飯のようなもの…。
「…すまない…。」
腕が勝手に小さな背中を抱きしめていた。
…情けない…エルフへの偏見がそこまで強かったのに、気づけなかった自分が本当に情けない。
「…どうしたの?何で主教さんが悲しい声するの?僕、また悪いことしちゃった?」
頬に触れている頭が少し動く。
「いや、悪くない。お前は何も悪くないんだ。」
悪いのは、俺だ。自分が見える部分だけ、整った環境にして慢心していた…俺だ。
もう一度小さな身体を抱き上げ、こちら向きに座りなおさせる。
「辛かったのに、よく頑張ったな。」
もう一度、小さな身体を引き寄せるとナイラは照れたように下を向き、少し頬を染めた。
「僕ね…」
ナイラがまた口を開く。
「二人がいてくれて凄く嬉しい。これって、幸せっていうんでしょ?」
少し身体を離し、一心に見つめてくる。
「あぁ、幸せだ。いい友達だよな。」
「そうだよね。だったら…大丈夫。僕は強い子だって父さんも言ってたし。」
「そうだな。お前はとっても強い子だ。」
頭を撫でると、ナイラは首をすくめた。
「主教さん、優しいヒト。僕…あれ?」
不思議そうに目元に触れる。
「あれ?涙が出てる…泣かないって決めたのに…嫌だなぁ…?」
「泣いていいんだお前は。無理しなくていい。思い切り泣いて思い切り笑え。」
キョトンとしている目を見て、そう言い聞かせた。
「でも、強い子は泣かないんでしょ?」
「あのな…涙ってのはあんまり我慢してるといつか突然溢れるんだぞ。お前の年で泣くのと俺の年で泣くのはどっちがカッコ悪い?」
「…主教さんかな…?」
「だろ?だったら今のうちに泣いとけ。」
「うん…でも、変なの。主教さんに、何でこんな話しちゃったんだろ…?ちび助って言ってもらいたかっただけだったのに。」
「まぁ、いいじゃないか。おかげで俺達は仲良くなれただろ?」
椅子の背にもたれ、背中をさする。
「仲良し?」
「そう。」
「僕がさよならしても、覚えててくれる?」
「もちろん。でも、もう、あの家には帰らなくていいようにしてやる。」
「ホント?」
「あぁ。もう、恐い思いはしなくていい。」
「そっか…」
それを言い終えると同時に、俺のシャツに大粒の涙がこぼれた。
「恐かったよな?…辛かったよな?」
「うん、うん…。」
しゃくりあげながら、ナイラは何度も頷いた。
「恐かったよう…恐かった…よ…」
しがみついて泣きじゃくるナイラの背中を、ただただ撫でてやることしか、俺には出来なかった。





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