「うん、ルピーとバーツと遊びに行ってたの。」
「ルピー?」
「えっと…ラトのこと。」
「ふむ。」
「帰ってきたら…」
カップを持つ小さな手に力が入り、肩が小刻みに震えていた。
「無理に話さない方がいい。」
ナイラはテーブルにカップを置き、膝を抱えた。
「…赤かったの…皆…真っ赤だった…」
泣きそうに声が震えている。
「笑ったの…赤くて光る……笑ったの…。」
俺は黙ってナイラの話に聞き入っていた。
「ルピーのほっぺたが真っ赤…。……バーツがぎゅってしてくれて…。」
残酷な話だ。忘れていたって不思議じゃないのに…。
震えながら話しているが、涙はない。それが、余計に痛々しい。
「ちょっと落ち着け。な?」
背中を軽く叩き、カップを勧めた。ぬるくなっていたから、もちろん温めて。
「…ぷはぁ…。」
ナイラは一つ息をつく。
「おじい様の家に行ってからわかったの。皆、僕のことが嫌いなんだって。」
昨日のバーツの言葉が思い返された。二人を眠らせた後の話だ。
『こいつな、綺麗だろ。だから余計に嫌われるんだよな。』
親馬鹿の類かと思ったが、確かに的を射た発言だった。
人間の中でも整った顔の多いバルセロス家の娘と、エルフの間の子供。美男美女の夫婦だったんだろうな。
それと、ナイラが嫌われた理由の一つに、父のメリックがアークエルフ系だったということも関わっているだろう。
シオンやルナリアのように、回復や治癒の力を使うハイエルフならともかく、アークエルフは破壊の力を使う。
身体能力の強化など、どちらかといえばハイエルフに近いスペルを使うバルセロスの人間にとっては、アークエルフの魔力は異端だ。
勝利宮の神官のように神の力を借りるならまだしも、魔力で物を破壊するなんて…。
もし、母よりも父の血が濃かったら、バルセロス家にいながら法力が使えないことになってしまう。
選民意識の塊な連中には耐えられないだろう。
そしてバーツの存在。ナイラの話によると、行き倒れていたところを助けたらしいが、これは精霊に相当する。
神官の中でも精霊を使役できるのは一部の高位の者だけだ。
精霊を使えるというだけで、強力な力の使い手だという証明になっている。
要するに、このちびは幼くして才色兼備だということだ。ま、こいつは男だが、女みたいだからよしとしよう。
…天は二物を与えず、というのは何処へ消えてしまったのだろう。
ことん。
ナイラはテーブルにカップを置いたまま、静かに俯いている。
「来いよ。」
「え…?」
キョトンとした顔。
「いいから、こっち来い。」
手招きすると、少しこちらに寄ってきた。
「よっ…と。」
そのまま抱き上げて膝の上に乗せた。
…軽い。
何だか俺が悲しくなった。何を食ってたんだろう…。
この小さな背中に、どれだけの言葉を浴びてきたんだろう…。
「えっと…あの…。」
あたふたと慌てて降りようとするナイラ。俺は首根っこを掴んでそれを阻止した。
「バーツの膝の上ならいいのに、俺じゃ不満か?」
「う…んと、んと…ぜ、全然嫌じゃないけど、僕なんかが乗ったら主教さんが汚れちゃうんでしょ?」
「汚れるわけないだろう?お前、泥だらけなわけじゃないし。」
「…そうじゃなくて…人間に悪いことが起こるんでしょ?」
…何てデタラメを信じて…。いや、信じ込まされたのか。
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