夜、今日は早めに仕事を切り上げた。
言った通り、バルコニーのテーブルの上には赤い花を生けた花瓶を置いておく。
真夜中、カタカタと窓が音を立てる。バーツだろう。
カーテンを引いて…
「は?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
「…来たぞ。」
バーツはそこに立っていた。ただ…右手にはナイラを、左手にはラトを抱えている。
「仲がいいのか。」
うんうん、と俺が頷いていると、バーツは顔をしかめた。
「成り行きだ。」
「ま、とにかく上がれよ。」
三人を部屋に入れ、棚から酒瓶を取り出してテーブルの上に置く。
「あー‥ちょっと隠れてろ。」
カーテンの中に三人を隠すと、呼び鈴を鳴らした。
「いかがなさいました?」
すぐに侍女がやってくる。
「喉が渇いた。温かいミルクでも持って来てくれ。」
「かしこまりました。」
しばらく待つと、テーブルの上には湯気の立つポットが置かれていた。
扉が閉まるのを確認した後、三人を引っ張り出す。
「悪いな、何せ秘密の客だから。」
一応謝り、長椅子に座らせる。
「お前はこれでいいよな?」
バーツの前に置いたグラスに酒を注ぐ。
「ちび達はコレな。もう夜風は冷たいだろ?」
二つのカップにミルクを注いで蜂蜜を垂らす。
温かいカップを受け取り、ラトが頭を下げた。
「恐れ入ります。」
「…ありがとう。」
後からポツリと言ったのはナイラだ。
『…!?』
ラトとバーツが目を丸くしてナイラを見た。
「お礼くらい、ちゃんと言えるんだから…。」
小さな声で反論するナイラ。察するにこの子供、礼を言ったことが無いようだ。
…ここで『お前、礼を言ったことがナイラしいな。はっはっは。』等と言ってもシラケるのは確実なので黙っていよう。
「何、いつもそんなに無愛想なのか?」
「いえ、私達には。」
「ま、他の奴等は礼なんて言いたくもないことしかしないしな。」
「ふー‥ん…。」
やっぱり、もらわれっ子は辛いんだろうな。
「それより、美味いか?」
杯を傾けながら尋ねると、ちび二人組はコクンと頷いた。
「よしよし。」
二人の頭を撫でると、ラトが身を引いた。
「もったいない。」
「あ?気にするな。大したご利益もないんだから。」
「いえ…。」
しかしなぁ…一体いくつなんだこいつ。
「お前、年は?」
「9歳です。」
「げ…マジ?」
見えない。何だこの子供らしさの欠片もない態度…。
「しっかりしてんなぁ。でも、あんまり無理はよくないぞ。あ、コレ。」
こっそり持ってきた軽食の皿を出す。
「好きに食え。」
「ありがとうございます。」
ラトが頭を下げ、ナイラに皿を勧めた。
「さ、ナイラ様。…ナイラ様?」
どうしたんだろう?ナイラはぼんやり座っていた。
俺が撫でたところに手をやり、髪の感触を確かめるように触っている。
それからその手を下ろして呆然と手を見つめた。
「どうした?」
バーツが首を傾げ、ナイラに声を掛ける。
…反応が無い。
相変わらず、大きな藤色の目を皿のようにして掌を見つめている。
『…?』
バーツとラトが何か言いたそー‥に俺を見た。
「何もしてないぞ?」
本当に何もしていない。
「…ないの?」
震える声が聞こえた。
「…は?」
思わず聞き返す。
「…恐くないの?触っちゃったよ…?」
「恐いって、お前が?」
ナイラが頷いた。
「何で恐い?ただのちび助だろうが。」
「ナイラ様に向かってちび助…!」
ラトが信じられないという顔をしたが、バーツがなだめている。
「…そっか。ただのちび助…。」
「それがどうかしたのか?」
「ううん…何でもない。」
ナイラは首を横に振り、皿からクリームの乗ったクラッカーを取った。
「…これ好き。」
少しだけ頬を赤くして、ちらっと俺の目を見た。
「いただきます。」
サクサクと音を立てて食べる姿を、ラトは黙って見つめていた。
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