二人の休日〜不死鳥の羽根の下で〜
1.きっかけ
「…。」
部屋で泣く娘を見ていた。
娘は声を押し殺し、静かに肩を震わせていた。
「…っ。」
無理もない。母同様に慕っていた乳母が危篤なのだ。
床にへたりこみ、涙を拭こうともしない。
儚く、可憐な姿の娘。だが、これが俺の養母だ。女神に心の半分を捧げ、不老の身体を手にした神官。
偶然、扉の隙間から見えただけの光景だった。
そっと扉を閉めようかとも思ったが、その考えが頭をよぎった時には口が動いていた。
「母上。」
「…。」
母はゆっくりと立ち上がり、俺を見た。
「…あら、いやだ。恥ずかしいところを…」
涙を拭き、無理に作った笑顔が痛々しかった。
「あの、葬儀には…」
ゆっくりと近付く。
「出られません。私は両親と、自分以上の地位の方の葬儀にしか…出られません。出られないのです!」
俺に縋りついてきた身体は本当に華奢だった。
もう、限界だと思った。
「…母上…もう、時間の環に戻って下さい。疲れたでしょう?」
細い肩に手を置いて囁いた。
「!」
驚いて見上げてきた母に、小さく笑いを返した。
「長い間、お勤めご苦労様でした。」
「そ…れは…」
「はい。」
この細い肩に、どれだけの孤独を背負って来たのだろう?もう、十分だ。
俺は母と違って元から一人が好きな人間だから、心配なんかされなくても大丈夫。
「…本当にいいのですか?」
「もちろん。」
「ありがとう。…ごめんなさい。」
「謝らないで下さい。それに、不老の肉体を手に入れるなんていう経験は滅多に出来ません。いい経験です。」
「…。」
緑色の瞳が俺の目を覗き込んだ。
「もうそろそろ交代していただかないと私も皺だらけになりますし。」
「…まぁ、いつまでも小生意気ですね。」
母の涙に濡れた瞳が、笑っている。
「背が、伸びましたね。いつの間にか私より大きくなって。いつの間にか、私よりしっかりして…あなたは…」
「主教、起きて下さい。主教。」
椅子に座ったまま寝ていた俺は、補佐役の声で目が覚めた。
「…昔の夢を見た。」
「申し訳ございません。ですが…」
「客か?」
「はい。追い払おうとしたのですが、立ち入り禁止の柵の前にずっと座っているのです。」
「…通せ。」
俺はそう訃げると、部屋から人を遠ざけた。
「…。」
入って来たのは子供。10歳になるかならないかくらいの姿をしている。
薄茶色の髪は短く切り揃えているが、右側の前髪は長く、顔の半分を隠している。
座り込んだと聞いたから、どんな奴かと思ってみれば…。
「レアル様!」
典型的な小姓の姿をした子供はいきなり俺の名を呼び、ひれ伏した。
「なんだ。」
多少の威圧感を与えるため、いつもより横柄に答える。
「ナイラ様をお救い下さい!」
「ナイラ?」
誰だ?
「どうかお救い下さい!」
「お前の言っている意味がわかりかねるが…」
救いを求めている民なら、それこそ嫌になるくらい沢山いる。
「…では、単刀直入に申し上げます。このたび行われる後継者選びの儀式の場に、ナイラ様を加えて下さい。」
「お前は、自分が何を言っているのか?」
俺のいる乙女宮神殿の最高責任者である主教は、結婚が許されていない。
だから主教は一族の中の子供を養子として育て、後継者とするのだ。
能力を重視するので、そこにはある程度ではあるが年齢と、もちろん性別も関係無い。
判断するのは主教だけで、他の者の口出しは一切許されていない。
そして、俺は主教だ。
「…はい。」
「そうか。では、この場で私が地下牢行きを命じてもいいのだな。」
「…はい。あの方を助けていただけるのでしたら。」
声が震っている。
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