「じゃあ、またね♪」
明るく言い残してリラは人込みを抜けた。追い掛けられないように素早く。さっきまで踊っていたので、おひねりで懐が少し温かい。
小腹もすいたので何か買い物でもしようかと辺りを見回すと…
「あら。」
マルクの姿が見えた。隣にユーロもいる。
「何してるのー?」
「リラ。」
ユーロが嬉しそうに振り向き、慌てて人差し指を立てた。
「?」
「それくらいで気は散らない。」
マルクの手元を見て理解した。
「楽しそうなことやってるじゃない。」
ユーロに囁く。

ヒュッ

と音がして、的の真ん中にに羽根が当たった。
「…負けたよ。持っていきな。」
店主が苦笑する。
「なぁに?」
首を傾げているリラに、ユーロが簡単な経緯を説明する。
「私じゃ無理だから困ってたの。そうしたらマルクさんがとってくれたの。」
「へー。あれ?そういえば、髪型がさっきと違うけど…」
「うん、髪留めが壊れちゃって…だから。」
店主から髪留めを受け取り、ユーロは目を細めた。
「つけてもいいですか?」
「もちろん。」
店主は頷く。
「奥に鏡があるけど、使うかい?」
「はい。」
「あぁ…でも奥には…それに店番が…。」
「店番ならやっとくわよ。いくらで何本なの?」
リラが言う。
「いや、でも…」
言い淀む店主。
まぁ、初対面の人間に頼むのは躊躇われるだろう。しかし奥には高価な商品がある。
「安心しろ。人質がいるのに危険な真似はしない。そのかわり、その娘におかしな真似をしたら店が立っている保障はないが。」
「…ま、それもそうだな。」
店主は納得したらしい。
「頼れる兄さんだな。」
笑いかけられてユーロは首を振る。
「妹じゃないです!」
「おや。」
そこで店主はまじまじとユーロを見た。
「あぁ、お嬢ちゃんはハーフエルフか。」
「え、あ、はい。」
少し表情が強張る。
「ハーフエルフってのはいいよな。」
「へ?」
「エルフほど耳がとがってないし、人間よりも長いからイヤリングがよく映えるんだ。」
「はぁ…」
「あと、エルフだと違う世界の生き物みたいだが、ハーフなら半分は人間だもんな。」
親しみやすい。そうやって頷く店主に、ユーロは何だか胸がむず痒い気分になった。口元が自然に緩む。
「そう、ですか。」
そして二人は奥に入って行った。



残された二人は出店の中で行き交う人々を見ていた。一応店番なので、客を見てはリラが声を掛ける。
しかし、客はまばらだ。
「…来ないわね…やっぱり高いからかしら。」
「だろうな。」
「そういえば…随分優しいのね?」
リラは笑いながらマルクの顔を覗き込む。
「…苦手なんだ。どう扱えばいいかわからない。」
そっぽを向くマルク。
「私にももっと優しくして欲しいわ。」
「白々しい。」
「あら悲しい。」
リラには欲しいものがあった。でも、それはとても手に入りにくい。自分の努力と、それから…色々な巡り会わせが必要だと思っている。
「駄目なんだ。昔のお前に似ているから。」
「…そう?」
リラが首を傾げている間に、マルクはリラの目を覗き込んだ。
夕日の色。力強い炎とも、夜闇の前の悲しい光ともいえる色。
「…。」
「私、あんなに可愛かったかしら?」
「顔じゃない。」
「どど、どーゆー了見!?即答!?」
「冗談だ。」
「笑えないわ。」
溜め息をつき、リラは賑やかな通りに目をやった。
「ねぇ、マルクの欲しいものは何?私の欲しいものはねぇ、ココ。ココにあるの。」
白い手を、静かに胸の上に乗せた。
「…それ以上は必要無いと思うが…。」
「…。」
一拍おいて、空気が凍った。
「どうして男って馬鹿ばっかりなのかしら!」
「?」
「馬鹿マルク!無駄に膨らんじゃえ!!」
そう言い捨てて客引きに通りへ走り去った。
「…。」



少しして、ユーロが戻ってきた。
「…どうかな?」
「…。」
マルクの目が白銀の髪を映した。正面から見たら、夕刻までと何も変化はない。
でも…何か増えている。
「それは?」
「あ、コレ?」
横についた銀色の櫛を指さす。
「ホントは一緒につけると綺麗になるんだって。つけさせてもらえたの。」
「そうか…」
「お客さんよー!」
マルクが言い切る前に、威勢の良い声が飛び込んできた。



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