会場は賑やかだ。ユーロが足を踏み入れた途端に、喝采。何だか慣れていなくて妙な気分だ。そして反対のゲートから出て来たのは件の男。
あれだけ大怪我をさせておきながら退場にならないということは、相当に“慣れて”いるのだろう。喧嘩はあまりしたことがないが…これは喧嘩じゃない。試合なのだから。
「礼っ。」
審判の号令。
「お願いします。」
ぺこりと頭を下げたが、鼻で笑われた。何だか態度の悪い人だった。
しかし、近くで見れば見るほど悪そうな男だ。目付きは鋭いし、あちこちに傷がある。
「…。」
こんな説明ではマルクと変わりないが、何だろう?雰囲気が違う。近寄りたくない。
「どうした?かかって来いよ。」
ニヤリと笑う顔に、ピンときた。
そうだ、この雰囲気は…
「やっ!」
打ちかかったが、あっさり弾かれる。
「どうしたどうした?」
自分の優位を信じきっている顔。
反則かと思いながら、ユーロは肩から掛けている帯を解いて男の顔前に広げた。
(今度こそ!)
怯んだ隙に下から脇腹へ打ち込む。多少はダメージを与えられたことに安堵しつつ、次の攻撃を繰り出す。
「やってくれるじゃねーか。」
そんな声が聞こえた瞬間、杖が弾かれた。手に痺れが走り、尻餅をついてしまう。
「!」
何とか得物は手放さなかったが、頭の中で警鐘が鳴っている。
…これはヤバイ。
男の空気がガラリと変わった。目がおかしい気がする。ユーロを見ているはずなのに、見ていない。
「おらっ!!」
振り下ろされた棒をギリギリでかわしつつ、必死に体勢を立て直す。
勝てない、勝てないから…
「ちょ…」
降参、と言う前に攻撃が浴びせられる。
「生意気なんだよっ!」
若干うしろめたいので申し訳ないが、だからといってあの攻撃を受けたら骨が砕ける気がする…。



審判がオロオロしている。
そして、隣でも老夫婦がオロオロしていた。
「し、審判は何をやっとるんじゃ…このままじゃ…」
マルクも内心は穏やかではなかった。あの選手はおかしい。それなのに審判は怯えきっていて口が出せないでる。
ユーロは攻撃を避けつつ、じりじりと後退している。あのまま外に出て決着をつけるらしい。ユーロにとっては最良の判断だろう。ただ、それが許されるかというと…
「あぁっ!」
老女が悲鳴を上げる。
ラインぎりぎりでユーロは内側に吹っ飛ばされた。どこかを強く打ったのか、すぐに起き上がらない。
男はマルク達に背を向けたまま、恐怖を与えるようにゆっくりと獲物に歩み寄っている。



もう、駄目だ。
そう思った。起き上がろうと床に手をついたが上手く力が入らずに、ほどけた長い髪が手を滑らせるだけだった。
「…お前、エルフだな。」
「?」
「その耳、エルフだな。しかも半分の出来損ないか。」
「!!」
醜く歪む口元。
蔑みの視線。
振り上げられる棒を、男の目を、金色の目が睨む。
逸らすものか。逸らしてなるものか。
「あばよ!!」
振り下ろされる瞬間、視界がぐるぐると回転した。
ガッ!
「…!?」
床と棒がぶつかる大きな音。逆さまに映った客席。
「無茶をするな。」
上からの声に視線を向けると、マルクが自分の上から身体を起こすところだった。
「あ…」
よくわからない。状況がよくわからなかった。
何故、彼がいるのか。どうして自分の上にいるのか。
「邪魔してんじゃねぇよ!」
「!」
ユーロの杖を奪いとり、マルクは上からの攻撃を防いだ。
「そんな不良品助けても意味ないぜ!」
「ガラクタに言われたくはないだろうな。」
近くで見て、確信した。
「あの…」
恐る恐る声を上げるユーロに気付き、マルクは立ち上がる。
「不満か?」
「へ?」
「お前は自分の種族が不満か?」
男とマルクは睨みあったままだ。
「い…いいえ。」
「それでいい。」
ユーロは慌てて立ち上がる。
パシィッ
またマルクが横薙ぎを防ぐ。
「悪いが、こいつは俺に譲ってもらう。下がってろ。」
「は、はい。」
慌ててその場から離れ、審判の近くに寄る。



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