ガランとした控室で、ユーロはちょこんと座っていた。
ランプにゆらゆらと照らされた控室。さっきまでは賑わっていたのに、今は他に誰もいない。まだ、2人くらいはいたっていいのに…どこに行ったのだろう?扉の向こうでは観客達の声が賑やかに響いている。その賑やかさと、この静けさがアンバランスで少し面白いと思えた。
しかし…まさか、自分がここまで来るとは思わなかった。次は準々決勝だ。
「…。」
溜め息と共に杖を握る。

トントン

ノックの音。もう試合かと思い、慌てて立ち上がった。
「あぁ、まだだよ。」
入って来たのは若い男だった。
「あなたは…」
さっきの。
「君には綺麗に負けたね。」
苦笑しながら青年はユーロのはす向かいのベンチに座った。
「強かった。まさに意表を突かれたよ。あんな軽やかな戦いが出来るなんて本当に尊敬する。」
青年の笑顔がユーロの心にチクリと刺さる。
爽やかな笑顔だ。負けたことを特に気にしている風でもないし、何より自分にこうして会いに来る時点で何というか…心が広い。いや、器が大きいっていうんだろうか?
この人は強くなるんだろうな…と、漠然と感じた。
「そんな…」
「でも。」
少し語気が強まる。
「だからこそ言うよ。君はあの男に勝てない。」
「…?」
あの男って、今、戦ってる人…?少し矛盾しているような気がして、戸惑う。
「君は強い。でも一撃が軽いんだ。俺は君ほど素早くはなかったし、戦い方が直線的でさばきやすいのが欠点だと師匠にも言われている。今回の敗因はそこにも一因があると思う。でも、あの男は俺とは違う。どこから次の攻撃が来るのかわからないし…試合を見ていればわかるだろう?一撃がとても重い。」
だから、あの男には勝てない。
そう、言われているようだ。
まぁ、その例の男は見るからに大きいし、体力も腕力もありそうだ。ついでに顔も怖い。
「…かも、しれませんね。」
ユーロは苦笑する。
「でも、戦う前から負けられるほど私は大人じゃないんです。」
「だから…」
心配してくれているのだろう、真剣な目。
「私は多分、勝てません。」
でも、ユーロだって真剣だ。最初は賞品欲しさだったが、今は自分の力でどこまで行けるかが知りたい。
「でも挑戦してみたいんです。無謀な真似はしませんよ。それに…」
ユーロはくすりと笑った。
「限界を知っていた方が無茶をしなくなります。よく言うでしょう?酒は飲んでも飲まれるな、って。飲まれてみないとどこまで飲んだらいいのかわからないじゃないですか。」
楽しそうに笑う少女が、青年には不思議なものに見えた。好戦的な雰囲気は全く感じない。むしろ優しさがこちらまで伝わってくるような仕草や言葉…それなのに、どうして戦いたいのか。
「初めてなんです。1対1でこうやって自分を試すのって。」
「…。」
「次の試合、間もなく始まりますよー。」
係員が顔を出す。
「あ、はい!」
ユーロは返事をして、改めて自分を見つめる相手の目を見た。
「心配して下さってありがとうございます。無理だと思ったら降参しますから。」
歩き去って行く小さな背中に、青年は上手く言葉が掛けられなかった。



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