確かに凄い混雑だ。
そんなに大きな建物ではないが、円形の建物には人がひしめいていた。
ややげんなりしながらも、物売りや通行人を避けながら進み、何とか舞台が見渡せるところまで来た。
中央には誰も戦っていない円形の石舞台。左右には飾り気の無い入退場口がぽっかりと口を空けている。
「…。」
座席は一杯のようだし、こんな暑苦しい場所なら帰ろうかと思った時、下から声がした。
「すみませんねぇ。」
「?」
下を見ると、小さなお婆さんがいた。
「主人とはぐれてしまいまして…。あなた、大きい方ですけど、主人が何処にいるか見えませんか?」
「…。」
いきなり言われても困る。
「…何か特徴は?」
「えぇと…白い長い髭が生えているわね。あと…そうそう、最前列に座っているわね。」
「…。」
見渡してみた。


いた。たぶん、あれだ。
「あそこに…います。」
言い淀んだのは、何故かユーロの「年上には敬語」という言葉が過ぎったから。
必要最低限しか丁寧な言葉は使わないマルクだが、まぁ、婆さんでも女性だ。当たりをきつくする理由もない。
「ありがとう。」
「…。」
「…。」
「…。」
「…。」
その沈黙が何の沈黙だかしばらくわからなかった。何故、自分はここでにらめっこをしているのか。
何故この婆さんはいつまでも自分を見ているのか…。
「…あの、厚かましいのだけれど…。」
「わかりました。」
まぁ、仕方がない。
「行きましょう。」
ひとごみに潰されないようにさりげなく庇いながら、手をとってゆっくり進み始める。



「おぉ!やっと戻ったのか!あんまり遅いから捜しに行くところじゃった。」
「ごめんなさいね。人に流されてしまって。でも、この方が親切にしてくれたの。」
「ん?」
そこで初めて老人はマルクを見た。
「おぉ、こりゃ色男じゃな。わしの若い頃に…」
「似ていませんよ。」
柔らかく、でもぴしゃりと言うお婆さん。
「あなたはいつもそんなことばかり言って。ごめんなさいね。お礼になるかどうか解らないけれど、まだ席が決まっていないなら一緒にどうかしら?」
「そうじゃな。」
荷物をどける二人。マルクは少し考えて、その誘いを受けることにした。どうせなら最前列がいいだろう。
今は誰も戦っていない。中級というとどれくらいのレベルだろうか?
そんな事を考えながら座った時、会場が湧いた。
入って来たのは若い男。なかなかしっかりした身体だ。司会の声が響く。
「東ゲート、エントリーナンバー8番!我が街が誇る自警団の新人です!」
「始まった始まった。」
老人はマルクの隣で目を細めた。
入場して来た青年は剣の扱いにはある程度は慣れているようだった。試合用の剣を軽く振る姿も様になっている。
「対するのはエントリーナンバー39番!競技場に降りた白い妖精!」
歓声と共に入って来たのは口上から予想出来るように、白い髪の…
(ユーロ…?)
マルクは思わず身を乗り出した。
「可愛いじゃろ。」
何を勘違いしたのか老人が笑いかけてきた。
「今日、飛び入り参加したらしいんじゃ。」
「強いんですか?」
「あぁ。中々やる子じゃ。もう3戦目になるかの。」
普段のユーロからは考えにくい行動だった。この街に来るまで、野盗に襲われたことがあったが…いや、あれはフランとリラが馬車から出るなと閉じ込めたのか。
「…。」
それにしても、傷ついて伸びている野盗相手に回復のスペルを使うような娘だ。
戦いが好きというわけでもないだろう。
「始め!」
号令と共に二人が動く。
青年は剣で、ユーロは十字の杖で打ちかかる。
2、3合あとに押し合いになった。
力では絶対に敵わないだろう。そうマルクが思った次の瞬間、ユーロは力を抜き、剣を滑らせた。
僅かにバランスを崩す青年。前にのめった隙を逃さず、白銀の髪がひらめく。
相手の肩を蹴っての宙返り。
(…高い。)
完全にバランスを崩したところでユーロは軽やかに着地をし、剣を弾き飛ばした。
「降参していただけますね?」
首に杖を突き付けて首を傾げる。
「…。」
無言で両手を挙げたのが降伏の合図だ。
「勝者!39番!」

わあぁぁぁ

そして歓声。
礼をして去って行くユーロを見ながら、マルクは首を捻った。あんな動きが出来る娘ではない。
それとも、今まで隠していたのだろうか?
「可愛いじゃろ?」
「…はぁ。」
生返事のマルクなんかお構い無しで老人は続けた。
「中級ってのは大体、道場に通い始めて3、4年くらいの選手が集まるんじゃ。ま、普段は無骨な男ばかりのイベントなんじゃが、今回は違う。華があると大盛り上がりじゃ。しかも飛び入りでな。これだから面白いんじゃ。」
…では、先ほどからの異様な熱気はユーロのせいか。
「賞金は出るんですか。」
「出るとも。まぁ、金でなくて物の場合もある。旅人なら宿の飯を食い放題とかな。」
「なるほど。」
だとしたら、ユーロは何が目的なのだろう?フランに触発されて路銀稼ぎか…?
いや、まさか。
「お、次が来たぞ!」
だが、その嬉しそうな老人の顔は出て来た人間を見て曇った。
「?」
入って来たのはガラの悪そうな…いや、悪い男だった。
「あれも飛び入りなんじゃが…」
ルールギリギリのラインで相手にケガをさせているらしい。壁に大きな紙が貼ってある。

1.後遺症の残るようなケガを負わせたら失格
2.スペルによる攻撃は禁止
3.審判への暴力行為は即刻失格

傷跡が残るのは後遺症には入らないらしい…。
正直、嫌な試合だった。見ていて胸が悪くなる。腕はそこそこあるようだが、戦い方が最悪だ。会場もそんな雰囲気が漂っていた。
ユーロと当たる前に、どちらかが負けることを願わないではいられない。


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