夜も半ばの頃、目が覚めたリラはユーロがいないことに気付いた。少し焦って辺りを見回すと、書き置きがある。
“散歩に行ってきます”
「…。」
祭の夜とはいえ、もう祭は終わったのだ。心配なので、隣の部屋のドアを叩く。
「…何だ。」
マルクが顔を出す。
「ユーロが散歩に行っちゃったの。心配だわ。」
それをきいたマルクは首を振る。
「不用心だな。」
「そうね。捜しに行こうかしら。」
「あ、俺いってくるわ。」
フランが立ち上がった。
「何よ、そわそわと。また女の子に声でも掛けたの?寄り道禁止よ?」
片方の眉を上げるリラに、フランは無愛想な否定を投げ付けて行ってしまった。
「可愛くないわね。図星だったのかしら?」
「いや、今のあいつにそんな事は出来んだろう。」
「…ま、そうかもね。」
肩をすくめ、リラは人影の無い廊下に目をやった。




月がほのかに照らす道を歩くのは楽しい。とはいってもここは王都にほど近い街だから、街灯もあるのだが。田舎の篝火も好きだが、やはり街の街灯の方が好きだ。吊り下げられた籠の中で白く光る珠がふわふわと踊っている。
遠くで宴会の声がするだけの静かな石畳。明かりに照らされながら誰もいない道は、自分のために用意された道のようで嬉しくなる。
「わぁ…」
堤を登ると都が見えた。朧げな白い光に包まれた島は神秘的で、神様がいる島に相応しいと無条件で思う。
斜面の草原に腰を降ろし、夜風に髪をそよがせる。春とはいえ少し肌寒いが、祭で熱くなった街にはちょうど良いかもしれない。
周りに誰も見当たらなかったので、ユーロは少し大胆にな気分になって立ち上がった。
大きく息を吸い込み、歌い出す。
ナイラが歌った歌だった。もちろん歌詞なんかわからない。だから、メロディーだけ。今日の素敵なお祭りの思い出が褪せないように。




聞いたことがある声に、フランは足を止めた。そして声の方へ歩き出す。
よく通る澄んだ声。初めてエン公爵邸で聴いた時は思わず伴奏を忘れそうになった。
ユーロは、ハーフのハイエルフ。フランは人間。種族が違うということで最初はどう接するか戸惑った。反射的に助けてしまったが、それからのことなんか考えていなかった。
でも、今は一緒にいるのが当然のように感じる。そして、少しくすぐったい。
「…。」
白銀の髪をなびかせて歌うユーロを見つけた。都に向かって賛美歌を歌っているように見える。
湖の波までが月明かりを反射して歌を歓迎しているようだった。
邪魔をするのも悪いので、そのまま耳を傾ける。さっき聴いた主教の歌も良かったが、こっちも負けないくらい良い。



最後の音を長く伸ばして歌が終わる。ユーロが軽く深呼吸をしたとき、拍手が聞こえてきた。
どきりとして振り向くと、フランがいた。
「ブラボー。」
「フラン。」
ユーロの安堵した表情に、多少の罪悪感が生まれた。
「驚かせたか?」
「あ、うん…ちょっとびっくりした。」
「悪い。」
「いいよ。」
そう言ってくるりと背を向けると、ユーロは草の上に膝を抱えて座った。
「もうすぐ、着くね。」
「…だな。」
フランも隣に座る。
沈黙が降りた。お互いに言葉を模索しているようだった。フランはごろりと寝転がる。星がまたたいていた。
「…ね、何で助けてくれたの?」
「…ん…。」
言葉に詰まる。
「追っ手がかかるってわかってたんでしょう?」
「そうだな。あんな薬を使うくらいだから店にとっちゃ大事なもんだったはずだしな。」
「うん…」
「でも、見張りがいなかった。俺はそんなに善人じゃない。見張りをぶちのめしてまで助けるなんて出来ないよ。」
「…運が、良かったのかな…。」
「ま、格好良く言えば運命、だな。」
フランは身体を起こす。
「あとは…」
「ん?」
「いや、何でもない。」
「気になるよう。」
むぅ…と眉を寄せるユーロから目を逸らし、
「運命運命。その方がカッコイイ。」
と笑ってごまかした。あの顔を見て助けずにいられなかった、とは言えない。
「…そーかなぁ…。」
あまり納得した様子ではなかったが、とりあえず引き下がった。
「じゃ、じゃあ、ユーロが可愛かったってことにしとこうぜ。」
「えっ?」
金色のまんまるな目がフランを見る。
「う、嘘は言ってない。」
「あ…えと…ありがとう。」
あたふたと顔を伏せるユーロ。
「…そろそろ帰るか。」
「あ、うん。」
立ち上がり、スカートの後ろをぱんぱんとはたく。
「そうだ、これ。」
「ん?」
「寒いだろ。」
「あ、ありがと。」
フランのマントが温かい。
「行くか。」
「うん。今日、すっごく楽しかったぁ…」
ユーロが星空に向かって呟いた。



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