同じ頃、都でも星空を見上げている人物がいた。
干し草の上に座り、丸くなった白い竜にもたれて窓の外を見上げる。
「やはりここでした。」
バスケットを下げたクローナが近づく。
「あぁ。」
声を掛けられたルーブルが少しだけ寂しそうに微笑む。
「今日で一つの時代が終わった、と思ってな。」
「…そうですわね。」
クローナも表情が曇る。
「お隣、よろしいでしょうか?」
「あぁ。少し待て。」
ルーブルは立ち上がり、マントを外して竜の腹から干し草の上に敷いた。
「構いませんのに。」
「いや、身体を冷やすのは良くないと聞いたのでな。」
「ありがとうございます。」
ルーブルの隣に腰を降ろし、クローナはバスケットを開いた。
「どうぞ。」
「おぉ。」
笑顔で温めた葡萄酒を受け取る。
「二人で、こうして過ごすのは何度目になるかな。」
「二度目ですわ。前はお義父様が亡くなったとき…でした。」
「そうか…これからも、寂しい時はここに来ることになるのだろうな。」
カップに口をつけながらルーブルが微笑む。
「お前と、ファエンツァに慰めてもらうのだろう…。」
丸くなっていた竜は少しだけ首をもたげ、オーロラ色の目で主人を見た。ルーブルはそれを撫で、また竜の腹に身体を預ける。
「…らしくないか。」
やれやれと首を振る仕草も力無い。
「…そんな日もありましょう。私はあなたを最高の夫だと思っています。ですが完璧は求めません。あなたはトライエの神託者…でも人間です。私の用意した酒肴を喜んで下さる…悲しいことがあれば気持ちが落ち込む…そんな日があってもいいではないですか。」
先代のレアルはルーブルにとって親友と呼んでもいい人間だった。そんな人がいなくなれば悲しいのは当たり前。それを悲しむなという権利など誰にも無いのだ。
「そうだな。今夜だけは、悲しもう。」
「えぇ。あの方がいなければ、私は今ここにはいませんでした。」
クローナはルーブルの肩に頬を寄せた。
「…そうだな。私も、こうして一緒に過ごしていることはなかったな。」
ルーブルも、頬で金茶色の髪のやわらかな感触を感じる。
「あの方がいなければ、お前に求婚など出来なかった。」
「まぁ、そうでしたの?私はあの方がくれた言葉があったからあなたを信じて待っていました。」
ルーブルは軽く笑い、カップを置いた。
「いつまでも敵わない御仁だ。私は新米のバルセロス公を護っていこうと思う。あの方がしてくれたことに応えないとな。」
「えぇ。私も微力ながらお手伝いしますわ。」
「さすが我が妻。」
「まぁ…意味が深そうですわね。」
「そんなことはないぞ。そうだ、久々に二人で夜の空を散歩しよう。どうだ?」
「素敵ですわ。」
「よし。」
ルーブルは立ち上がり、テキパキと竜に鞍をつけ、跨る。
「さ、こちらへ。」
「…そういえば…」
差し伸べられる手につかまりながら、クローナは夫の顔を正面から見る。
「ここにいた理由は、あれだけですの?」
「…。」
やや困った笑顔の後、頬を掻くルーブル。
「実は、ファスタロサを都に呼んだ。祭までには着くはずだったのに、来ていない。」
「えっ!?」
紺色の瞳が丸くなる。くいっと引っ張られ、ルーブルの前に座る。スカートが邪魔なので横向きにしか座れない。
「隠していてすまない。驚かせようと思ったのだ。」
「ファスタロサというと、あの?」
「そう、ターラー・アンダルシアの娘、ユーロだ。」
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