2.祭の夜

今日はお祭り騒ぎだった。ユーロは盛大な祭りというものをあまり知らない。エルフの村の祭りはあまり華やかではない。まぁ、人口が少ないというのも大きな理由だろうが、祭りというよりは儀式がメインだった。それが終わった後は歌ったり、踊ったり、美味しいものを食べたりして楽しかったのだが。
記憶にあるこういう騒ぎの祭りは家族そろって出かけた古い記憶の中だけだ。
あれは…そう、勝利宮の戦神トライエの祝日に行った冬祭だ。屋敷で働いていた人達もいつもより早く仕事を終えて神殿まで見物に行ってた。父は勝利宮の神官。兄も勝利宮の神官。自分も将来は二人と一緒に働きたいと言って母に驚かれた。「あなたはまず転ばない練習からね。」と言われて、ムッとして駆け出したらつまずいてよろけた…。あの時の母の笑い様ったら…。でも、兄はともかく、いつもはあまり笑わない父まで楽しそうに笑っていたから、何だか可笑しくなって一緒に笑った……
「おいおい!」
フランの声で現実に引き戻される。
「危ないぞ。今日は人が多いからはぐれたら大変だ。」
「あ、ごめん。」
両手に紙袋を抱えたフランはとても大変そうなのに、ボーッとしてしまっては申し訳ない。
「祭りの屋台が珍しい?」
リラがユーロの手をとった。
「うん。後で遊びに行ってもいいかなぁ?」
「もちろんよ。でも、今は宿へまっしぐら。」
「うん!」
人ごみを縫うように三人は宿へ向かった。
ようやく辿り着いた宿の前では、マルクと鉢合わせる。
「馬屋が少し遠い。部屋はとれたぞ。」
「良かった〜。キャンセル待ちって言われた時はどうしようかと思った。」
リラは微笑み、胸を撫で下ろす。四人は部屋へと向かった。




少し早めの夕食はサンドウィッチ。祭りだから色々とお得な値段で売っていたので少し豪華に具が入っている。
「ベッド、4つあって良かったね。」
パリパリと野菜をかじりながら部屋を見回すユーロ。
なんだかニンジンを食べているウサギのようだな、とマルクは思った。
「そうだな。王都で祭りを見るためにこの街に宿をとっている旅行者が多かったから。」
運が良かった。
「しかし都が目の前の街ともなると盛り上がるなぁ。都はもっと凄いんだろうな。」
「新しい主教様の誕生ですもの。あーあ、一度でいいからお会いしてみたいわぁ。」
天井を見ながら思いを馳せるリラに、フランはやや呆れた視線を送る。
「リラは話題の人に会ってみたいだけだろ。」
「失礼ねぇ!今回の主教様は超美人だけど、私はマリエルの経典が一番好きなの。人と人が関わっていくときに、一番大切なことを教えてくれてると思うわ。あ!そうそう!さっき神殿の前で貰ってきたの。もう解禁なのよ、新しい主教様の念写画。」
念写というのは神官が見た景色を紙に表すもののことだ。神官の脳に写った姿が紙に反映されるため、ものを客観的に見るために物凄い訓練を必要とする高等技術…らしい。ともかく、その念写を元にして刷られた絵のことを念写画と呼ぶ。
「…これは…。」
マルクが手渡された紙を見て唸る。
『何々?』
ユーロとフランがマルクを見る。
「今期のレアル・バルセロスは夜空の星も霞むほどの美貌の持ち主。泉のように清らかに流れ落ちる青い髪に濃厚なミルクのように滑らかな肌。アメシストのような瞳で見つめられれば、花の精すら赤面するだろう。彼はマリエルの寵愛を一身に受けるにふさわしい。新しい主教に幸あれ。」
マルクは読み終えた紙をフランに渡した。
「わぁ…。」
覗き込んだユーロは歓声をあげる。そこには百合の花束を持って微笑むナイラの姿があった。
「美人さんだぁ…。」
「これは文面にも納得だな。白黒なのが残念だ。」
リラが会ってみたいというのもわかる。ユーロだってあやかりたい。
「スタイルもいいんだろうなぁ。」
ユーロが呟くと、マルクはちらりをユーロを見た。
「胸はお前より無いだろうがな。」
「えっ…!?」
ユーロは赤くなる。
「おいマルク、そりゃないんじゃないのか?」
マルクにしては不謹慎な発言だった。
ユーロは少し俯いて「うぅ…」と情けないため息をついている。
「そいつは男だろう。何か間違ったことを言ったか?」
不思議そうなマルクを除き、全員が目を丸くした。


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