「盛況だな。こういう雰囲気は好きだ。」
祭の様子を遠くに臨みながらエーレは微笑んだ。目は自然にマリエルの神殿に向かう。
「そうですな。祭というのは心が躍るものです。」
控えていた侍従長が相槌を打つ。
「陛下。」
背後から可愛らしい声がした。
「?」
振り返ると、少年と呼ぶには小さい子供が立っていた。
「どうした?」
にこりと笑って歩み寄る。
「父からの伝言にございます。本日の催し、楽しみにしていただきたい…っと…うん。」
眉をしかめながら覚えた言葉を一生懸命に口にする様子が可愛らしい。
「わかった。」
エーレは頷き、男の子の頭を撫でる。この子はエーレの甥だ。カペイカという名前だが、ペイカという愛称で皆が呼んでいる。姉によく似た優しい顔立ちに義兄譲りのまっすぐで力のある目。可愛くて仕方がない甥っ子。
「よくやった。」
頭を撫でると、幼い顔がパッと輝く。
「はい!…じゃない…んと…ありがたき幸せにございます。」
しかめつらしい言葉はまだ早いと思いつつ、微笑ましさがこみあげてくる。
「母君はまだかな?」
じきに参ります、と返事が返ってきた。
「そうか。では、こちらにおいで。」
手招きをしてペイカを呼び寄せ、バルコニーで一緒に賑やかな神殿の方を見る。
「レアル様の…しゅうにんのお祭りですよね?」
「そうだ。ペイカはレアル主教に会ったことはあるか?」
「はい。父上とよくお話ししていました。優しいです。」
「…あぁ、優しい方だな。そして強い方だ。」
その時、エーレの横顔に浮かんだ表情の意味は、まだペイカには解らなかった。
「どうして悲しいのですか?」
不思議そうな顔で首を傾げる。
「ん…そうだな……」
自分の感情が顔に出ていたのかと、エーレは顔をしかめた。
「…たとえば、今、ペイカの父君や母君がいなくなってしまったらどうする?」
「嫌ですっ!」
即答だった。まぁ、当然だろう。
「今日は、レアル主教の息子の…ある意味で成人の儀式だ。年齢的な問題ではなく、な。そしてそれは、父親との別れとなる。」
「会えないのですか?」
「あぁ。おそらく、もう二度と、会えない。」
「嫌です!私は、大人になんかなりたくないですっ!大人になったら父上も母上もっ…!!」
薄く涙を浮かべ、必死な顔でエーレの服の裾を掴む。
そういえば、ペイカはルーブルの父以外に祖父や祖母というものを知らない。今の言葉はエーレの込めた意味以上に恐ろしく感じたのだろう。
「大丈夫だ。乙女宮の風習だから、ペイカの父君も母君もいなくなったりしない。」
少し、罪悪感を感じて慌てて言った。
「…本当ですか?」
「本当だとも。嘘は言わない。」
笑顔でアッシュブラウンの髪をくしゃりと撫でた。
「陛下。」
背後から聞こえた柔らかい女性の声。
「姉上。」
「母上!」
ペイカはクローナの元へ駆け寄った。
「あらあら…どうしました?陛下の御前ですよ?」
しがみつく息子にクローナは少し驚いたようだった。
「ご容赦下さい姉上。少し怖がらせてしまいました。」
「まぁ。そうでしたか。もう、怖いことはありませんよ。」
クローナは息子の頭を撫で、落ち着かせた。
「そんなに怖がっていては父上に笑われますよ?」
「…はい。」
ペイカは父に憧れている。尊敬している。その点ではエーレと同志だ。
「父上はいついらっしゃるのですか?」
「バルセロス公が陛下にごあいさつをしたらいらっしゃいますよ。」
「兄上…今日は何を見せて下さるのでしょうか。」
「さぁ?秘密ですわ。」
「おや…これは意地の悪い。」
クローナとエーレが顔を見合わせたとき、一際大きな歓声が沸き起こった。
「…新しい公爵の誕生ですね。」
エーレは踵を返した。
「そろそろ謁見の間に参ります。」
「そうですね。私達も行かなくては。」
三人はその部屋を後にした。
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