翌日、主教就任の祝典は盛大に行われた。
都中の人々が、新任の主教を一目でも見ようと神殿におしかけた。
「…後でパレードするって言ってるのに…。」
窓の外を見てナイラは顔を伏せた。
「お前の顔が一刻も早く見たいんだろ。」
笑っているセントは、先日切った髪をつけ毛にしている。
「俺の国民的人気者生活も終わりかー。」
窓の外に視線を向け、苦笑した。
「ところでお前、その服はどうなんだ?」
「うん。大丈夫。」
ナイラは主教の制服を着た姿でくるりと回転した。
「上出来だな。」
満足気に頷くセントの横ではルピーが目頭を押さえていた。
「…ご立派です…。」
『大袈裟。』
セントとナイラがはもる。
「いいえ。きっと、きっと娘を嫁がせる父はこんな心境です。」
「4つしか違わないよ。」
呆れ顔のナイラの言葉も耳に入っていないようだ。
「まぁ、いいだろ。ホラ、お前は裏から回れ。」
「うん。」
ナイラは頷き、垂れ幕の張ってある祭壇へ向かった。
「泣くなよ…。」
「涙が止まりません。もう、何が原因なのかすら…。」
父としてのレアルがいなくなるのが悲しいのいか、ナイラが立派になったことが嬉しいのか、涙を止めたいのに泣いている自分が情けないのか…わからない。
「こらこら、まだ、祝典の催しとか色々あるだろ?お前は泣いてる暇なんか無いぞ。」
それはそうなのだが。
「……。」
セントは少し考え、ルピーの耳に何かを囁いた。
「!?」
若草色の目が大きく見開かれてルピーは顔を上げた。
「嘘でしょう?」
「いんや。」
それだけ言うとセントはさっさと歩いて行った。信じられないものを見るような顔で彼を見送ったとき、彼女の目からは涙が消えていた。


祭壇のある広間は、普段なら参拝の客が賑やかに歩いているだけだ。それなのに、今日は異様な熱気に包まれている。いつもの何倍の人間がいるのだろう?喚声で耳が痛いほどだ。
今日を限りに自分はこに立たないのだと思うと、今まで辛かった仕事も急に懐かしい思い出になる。あんなに嫌いだった大臣の顔でさえ、今なら笑い話に出来そうな気がしてきた。
微笑みを湛えたまま祭壇へ向かった。緋色の絨毯が進むべき道を示し、その先には神殿のシンボルを金糸で刺繍した垂れ幕がかかっている。この光景は25年ぶりだ。養母も、自分に引継がせるときは昔のことを思い出しただろうか?
セントは賭けていた。これで、ナイラの命は救われる。相手が国だとしても、主教を殺すことなど出来はしない。
垂れ幕の内側へ入る時、人々の方を向いて一礼した。人生の区切りが、今ここでつくのだから。
そして内側へ…
「相変わらず人気者だね。」
裏から来ていたナイラは祭壇の前に置かれた椅子から立ち上がった。
「まぁな。頭脳明晰で眉目秀麗だからな。」
「…否定は出来ないけどさ。」
ナイラは諦めたように口の端を吊り上げる。
花と翼もモチーフにした女神のシンボルの前で、二人は顔を見合わせた。
「じゃ、早いところ済ませますか。」
「そうだね。」
「役者は全員揃ったしな。」
「全員?」
ナイラが首を傾げる。
「二人だけじゃないの?」
「もう一人はお前の後ろにいるよ。」
「誰もいないよ?ずっとここにいたもの、僕。」
セントは笑う。
「ほう…じゃあ、そこにいるのは誰だ?」
セントが顎をしゃくった方を見て、ナイラは絶句した。
「…嘘…。」
やっとそれだけが言葉になる。
神殿のシンボルが影も形も無く消えていた。ただ、それだけではなかった。
祭壇の上に女性が腰をかけていた。赤い滝のような豊かな髪に3対の翼…それはいつも絵や彫刻で見ていた姿。教典のいたるところに散りばめられた容姿と一致する。
艶然と、という言葉が最も似合う笑顔で女神はナイラを見つめていたのだ。




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