2.


それから一月後…
ゼフィはすっかり病院に馴染んでいた。
ハリスはいつまで経っても退院の許可を出してはくれなかった。身体は健康だと思えて仕方無いのだが…しかし相手はお医者様だ。本人には気づかないような微かな症状は残っているのかもしれない。
だから。ゼフィは今日も彼に言われた通りに規則正しく生活している。
そしてそれが、少し楽しくもあった。
ハリスはハリスでこの居候の存在にすっかり慣れてしまっていた。一人増えたところで金銭的に困るわけでもなく、どうしようもない居候でもない。貧血の症状がほとんど完治したので、看護婦の見習いとして働かせてみたら仕事が気に入ったらしく、今では病院で働いている姿も日常風景と化していた。大病院がある町の小さな病院なんて大病を患った患者は滅多に来ない。
老人の健康相談と子供の健康診断くらいしかやることのない平和な病院だというのも働きやすい要素の一つだった。
「おい。」
「はい?」
「カルテの整理頼む。」
「はい。」
作業も随分早くなり、看護婦も喜んでいる。
でも…退院させないのはゼフィの心がまだ健康とはいえない気がするからだ。
「…。」
「どうした?」
「いいえ、何でもありません。」
時折、ふと見せる悲しげな表情が気になってしまう。
初めて会った日、呟いた名前の主は誰なのか…。
それは自分が踏み込んでいい領域なのか…。
それが気になる自分の気持ちは主治医という大義名分を掲げたエゴではないのか…。
好奇心の隠れ蓑。
純粋に、ただ彼女を心配しているだけなのだという心の言葉は虚しく遠ざかっていく。
それでも…
「今日、外で飯でも食うか。」
「え?」
「ついでに買い物でもしよう。」
「備品、何か足りませんでしたか?」
ゼフィは病院の倉庫を思い浮かべた。
タオルも包帯も消毒薬もまだあった気がするが…。
「違う違う。私生活だ。」
「…あぁ!石鹸が切れかけてましたね。」
ぽんと手を打つゼフィに、ハリスは呆れて苦笑した。
「それも違う。」
「え…じゃあ、何でしょうね…?」
ゼフィは真剣に考え込んだ。
「まぁ、いい。せ、賛成か反対か、どっちだ?」
「賛成です。」
外を歩くのも楽しいですよね、と笑う顔に向け、ハリスは満足そうに頷いた。
(娘にしちゃデカいんだが…)
やけに晴れ晴れした自分の気持ちに疑問が湧くが、そんなことは気にしない。
何故って?…答えが見つからないのは明確なことだから。





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