出勤してきた看護婦二人が床を見て驚き、診察の時間が始まって患者がちらほらやってきた。
いつもと変わらない平凡な一日が始まる。
特に深刻な患者がいるわけでもなし、ゆっくりと時間が過ぎていく。
「悪いな。暇だろう?」
「いいえ。」
枕に持たれて窓の外を見ていたゼフィは振り返ってニコロと笑った。
「昼休みなんだが、何か食いたいものは?」
「私は何でもいいです。ハリスさんの食べたいもので。」
「そうか。じゃあ、近くの料理屋で何か適当に作ってもらうぞ?」
「はい。」
「食べられないものはあるか?」
「そうですね…生のお肉とかお魚は駄目です。」
「わかった。」
看護婦は既に昼食をとりに行っていたので、そのままハリスは病院を出て行った。
もちろん、カギはしっかりかけて出て行った。昼休みは長いし、貧血にはやはり肉だろうか?等と考えながら。



「う、動いちゃ駄目です!」
帰るなり、聞こえてきたのはゼフィの声。
(何だ?)
ただならぬ気配に驚きつつ、病室まで急ぐ。
「どうし…」
そこでしばし絶句。
「…何してる?」
やっと口から出た言葉はそれだった。
「あの…お昼休みなのに窓から患者さんが…」
捩れた木の杖を手にしたまま、ゼフィはほっとした顔でハリスを見た。
「あぁ…そうか。」
見れば、大きなマスクに濃い色ガラスの眼鏡、手には刃物…
「いや、これは患者じゃなくて強盗だろ。」
「でも、声がガラガラしてます。」
「緊張するとこうなるもんだぞ?」
「無視してないで放せ!」
泥棒がわめく。
「は?誰も何も触ってない。縛ってもないぞ?」
ハリスが首を傾げた。
「体が動かねぇんだよ!」
再びわめく泥棒。
「?」
よく見ると、確かにさっきから喋りはするが、体は動いていない。
「あの、解いてもいいですか?」
遠慮がちな声。
「なるほど。まぁ、もう少し待ってくれ。曲がりなりにも侵入者だしな。」



結局、ハリスが泥棒から名前と住所を聞き出して逃がした。
正直に答えたかどうかはわからないが、たぶん本当のことだと思う。
ゼフィからかけられた金縛りが相当ショックだったようで、『嘘だったら…』
という脅しが気持ちよいほどに効いたから。
「あの…」
「なんだ?」
「警備の方に連絡したりしないんですか?」
「あぁ、しない。そどうせ初心者だろうし、この病院には二度と来ないだろうよ。」
ゼフィは少し妙な顔をしたが、思い直したように頷いた。
「それもそうですね。」





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