夕暮れ…診察時間を終えたハリスはソファにもたれて考え事をしていた。明日の予定や今日のこと、次の往診の患者の病状…色々な言葉が頭の中を流れていく。
「着替えました。」
ノックと共にゼフィが現れる。
「お、じゃあ行くか。」
「はい。」
二人が外へ出ると、薄暗い空があった。
その下には賑やかな商店街。
「腹減ったか?」
食堂街に向かいながらハリスは訊いた。
「はい。ぺこぺこです。」
「何が食いたい?」
「んー‥…」
「甘いのか辛いのか外国料理とか普通に家庭料理とか。」
「じゃあ、外国料理がいいです。」
「よし。」
ゼフィはこのあたりの地理が全くわからない。ハリスの往診についていく道と、病院の近くにある八百屋とか魚屋とか…生活に最低限必要な店しか知らないのだ。
だからしっかりついていかないと迷子になってしまう…のに…
「…。」
ふと目を奪われた幼い子連れの男女。
「アイス食べたーい。」
「はいはい、デザートにね。ご飯は何がいい?」
「おさかな!」
母親の問いに元気よく答える子供。
「じゃあそうしよう。」
笑顔の父親。
にこにこ笑っている女の子。優しそうな両親。
それがふいっと姉夫婦の姿と重なった。
「……。」
「コラ。」
突然、頭に拳が乗った。
「え?」
「はぐれるな。」
「あ…ごめんなさい。」
ペコリと頭を下げてから、ゼフィはハリスの顔をじっと見つめた。
「…?」
見つめられているのに、居心地が悪くない奇妙な感覚。例えて言うなら、仔犬や仔猫の目を覗き込んでいるような、そんな感覚。
「…何だ。」
「何でもありません。」
ゼフィは少し笑い、ハリスのシャツの袖を掴んだ。
「これならはぐれません。」
「…まぁな。」
歩き出したハリスにゼフィは黙ってついてきたが、ハリスは何か会話が欲しかった。
二人で歩いているのに無言というのは変な感じがする。
居心地が悪い。
「お前、子供を見て立ち止まってたのか?」
「はい。あ、両親もです。仲が良さそうな親子だな、と思って。」
「家に帰りたいか?」
「……いいえ。」
下を向くゼフィ。
(素直じゃねぇな…)
そんな顔で否定されて誰が信じるだろうか。だからといって帰ればいいとは言えない。
(愚問だったな…)
ゼフィの過去が気にならないといったら嘘になる。
親は?兄弟姉妹は?国は?友人は?恋人は?
疑問は尽きない。
(アスターって誰だ…)
特別な人物には違いない。だが、名前だけでは何もわからない。
「着いたぞ。」
「南国風なお店ですね。」
「ちょいと辛いかもな。」
「頑張ります。」
何を頑張るのかは置いておいて、ハリスは店の中に入って適当に座った。
ゼフィはハリスの向かい側の席に座る。
薄暗いというほどでもないが、びんやりと明るい店内。
人々の賑やかな声に紛れて香草の匂いがふわふわと漂ってくる。
「何にする?」
ハリスに訊かれ、ゼフィはくるりと店内を見渡した。どのテーブルの皿も大きい。
「好きに頼んで取り分けるか?」
「はい。そうしましょう。」
ニコリと笑い、メニューに目を落とす。
「うん、コレ美味しそうです。」
「わかった。じゃあスープは好きに決めろ。俺はサラダを選ぶ。」
「はい。じゃあ、コレを。」
「ん。デザートは?」
「えっと……」
「早くしないと俺が決めるぞ?」
「あ、どうぞ。」
「ふーん?」
ハリスは意地悪っぽく笑った。
「じゃあ、蛙の卵ゼリーでいいか?」
「!?」
「ホンモノを使ってるから食感が特に面白いらしい。」
「!!!」
薔薇色の目が見開かれ、次に大慌てで首を振る。
「じゃ、10秒以内に。」
その一言でゼフィは弾かれたように下を向いてメニューを見つめる。
「これ!これがいいです!」
「果物の氷菓子か。」
「はい。オレンジと、ブドウと…」
「リンゴがいい。」
「賛成です。」
「決まりだな。」
ハリスはウェイターを呼んだ。




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