ベッドについている机の上にはトレイが2枚。
「座るぞ。」
「はい。」
見舞い用の椅子では食べ難いので、ハリスはベッドに腰掛けた。
「いただきます。」
ぴょこんと頭をハリスに頭を下げ、ゼフィはスプーンを手にとった。
「どーぞ。」
ハリスも一緒に食べ始める。
やっぱり二日目の方が味が染みていて昨日よりも味がいい。
「美味しい…」
意外そうな顔でゼフィは呟いた。
「そりゃどうも。」
「え、コレ…あの…」
「ハリス。」
「ハリスさんが作ったんですか?」
「あぁ。何せ一人暮らしだからな。」
へえぇ…とゼフィは感心したように頷き、にっこり笑った。
「素敵ですね。」
「…。」
思わず複雑な表情を浮かべてしまった。
今時、こんな言葉をさらりと使う奴がいたなんて。
「変なこと言いました…?」
「いや、あんまりそういう風に言われたことがなくてな。驚いた。」
ハリスはスプーンを置いてパンをかじる。
しばらく二人は無言で食べていた。
「そういや…お前は何者だ?」
その言葉を聞いた途端、最後の一欠片のパンをちぎっていたゼフィはピクリと震えた。
「た…只者ですっ…。」
そっぽを向いてパンの欠片を口に入れる。
「ほう…そうか。でも、見た感じ、お嬢なんだが…?」
無視して話を進めると、ゼフィは恨めしそうにハリスを見た。
「ただの田舎者です。」
「まぁ…話したくないなら無理にとは言わないけどな?一応“俺の患者”なわけだし、気になる。」
そっけなく答えてパンをかじるハリス。
「………帰るところ…無いんです…。」
ゼフィはポツンと呟いた。
ハリスは黙って聞いている。
「家を飛び出してしまって。家族に…凄い迷惑をかけて…それなのに優しくしてくれて…もう…
あれ以上に皆を傷つけたくなかった、から…。」
「家出か。」
「…はい。お恥ずかしい話ですが。」
下を向いたまま首を振るゼフィ。
「朝になったら出て行きます。助けていただいて…ありがとうございました。」
でも、その感謝の言葉には感謝の気持ちがこもっているのか謎だった。ハリスには、ゼフィが消えたがっているようにしか感じられなかったのだ。
「…気に入らないな。」
苦々しく呟く。
「はい…すみません…。」
ゼフィは掛け布を握り締めた。
「誰が勝手に退院していいって言った。」
「え?」
「お前はしばらく入院だ。これは主治医からの命令だからな。」
それだけ言うとハリスは空になった皿を重ね、トレイを持って立ち上がった。
「でもっ…」
「患者は医者に従うもんだ。」
小さな肩をポンと叩き、ハリスは扉へ向かう。
「逃げるなよ。」
と言い残し、病室を後にした。
ぽつんと残されたゼフィは、この奇妙な展開に戸惑っていた。
ハリスは優しい。それは事実。捨て猫みたいな自分を助けてくれて、食事と寝る場所も与えてくれて…。
(入院…逃げたら駄目…)
言われたことを思い出し、肩に触れた手を思い出してみる。
自分とは全然違う、大きな手だった。父親のようで、温かくて…心地よかった。
彼がよくしてくれたんだから、それなりに応えなくてはいけないような気がする。
(そうだ。)
自分の思いつきが嬉しくて、ゼフィの顔が明るくなった。




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