花言葉
1.
見知らぬ街の公園で、ゼフィはベンチに座っていた。足元には鞄。それほど大きな鞄ではない。形がしっかり整っているのは、生活の道具が詰まっているから。想っていた人物は彼女の目の前で倒れ、それっきり目を開ける事はなかった。最期に向けられた微笑みの意味は未だによくわからない。
彼は…何を伝えたかったのか…。
「……。」
昼下がりの公園は、子供達の溜り場だ。仲良く遊ぶ声が響いている。
あの子達も夕暮れになれば帰るのだろうが…ゼフィには帰る場所なんかなかった。
あれだけの騒ぎを起こした以上、都にはいられない。義兄は故郷の小さな村に家をくれると言ったが、彼にあれ以上甘えることは、自分で自分が許せなかった。
結果…一人で家を飛び出し、今に至る。
路銀はまだまだ余裕があるし、宝石もいくつか持っている。まず、新しく生活する場所を探さなくては…。
でも、自分に何が出来るのか、もうわからない。
「……よしっ。」
意を決してゼフィは立ち上がった。
いつまでもウジウジしてはいられない。
早く、早…く…?
突然、景色がくにゃりと歪んだ。そして頭がふわふわする。
ドサッ…という音と共に地面が頬に触れた。
遠くから子供達の悲鳴が聞こえたが、何だかどうでもいい。
身体が酷く重かった。
「おい、しっかりしろ!」
大きな手で抱き起こされた感じがしたが、逆光で相手の顔は見えない。
前にもこんな事があった気がした。
何だっけ…?
…そうだ、あの時の…
「…アス…ター…?」
それっきり、ゼフィの意識は途切れた。
診察終了の札を扉にかけ、ハリスは溜め息をついた。
今日は妙な日だ。往診の帰り道、公園で一服していたら急患が出た。
しかも自分の目の前で。
足元の荷物、それからこの街に慣れていなさそうな様子を見て、旅行か何かかと思っていたら…いきなり倒れられた。
結果、慌てて自分の病院に運んでしまったというわけだ。
それにしてもマズイものを拾った気がする。
まぁ、外見は何も変わったところはなかったが…。貧血を起こす程に栄養不足だったというのに、やけに綺麗な肌。髪は見たこともないような薄紫色。着ている服も、地味だが仕立ては凄くいい。
…絶対に名家の家出娘だ。
小さな病院なので病室は申し訳程度に一つだけ。でも入院患者はいない。いるのは今日拾ったあの娘だけ。
「…。」
病室に戻ったが、まだ意識を取り戻していなかった。
困ったものだ。今日は寝かせておくしかないかもしれない。
渋い顔をして溜め息をついた直後、娘が
「ん…」
と軽くうめいて目を開けた。
「??」
ぼんやりした顔で天井を見上げている。混乱しているようだ。
「気がついたか?」
「あ…ここは…?」
「俺の病院だ。公園で倒れてたから、とりあえず運んだ。」
「えっ?」
慌てて身体を起こそうとするが、力が入らないらしい。シーツについた掌は滑ってばかりだった。
「無理はしない方がいい。」
助け起こしてやりながら、ハリスは言い聞かせた。
「軽い栄養失調で貧血だったからな。しっかり休んで栄養のあるものを食べないと。」
「はい、ありがとうございます。」
頭がクラクラするだろうに、律儀に頭を下げる。
「まぁ、とりあえず記録はとらせてもらうからな。まず、名前は?」
「ゼフィと申します。」
ゼフィ…と記録用紙に書き込む。
「名字は?」
「…。」
黙って首を振る。
「年齢は?」
「今日は何日ですか?」
「ん?今日は…」
日付を告げると、ゼフィは少し考えて答えた。
「19です。」
思ったよりも年上だった。目が大きいせいか、閉じていた時よりも幼く見える。
「…住所は?」
「…。」
下を向いたまま、無言で首を振る。
「まぁ、いい。じゃ、今夜の宿は?」
「まだ…。」
手の掛る娘だ。
「それなら、ここに泊まってけ。どうせ空いた病室だからな。」
「ありがとうございます!」
こんなにも目を輝かせて頭を下げられると、悪い気はしない。
「大人しく寝てろ。食事、持って来るから。」
それだけ言い残して病室を出た。
あれやこれやと考えながら、病院の奥にある自分の部屋まで行ってみる。
小さな台所とそこそこのリビング。隣の部屋にはベッドが置いてあるが、いつもハリスはソファで寝てしまうので意味が無い。
何かあっただろうか?と首を傾げる。鍋の中には昨日、作りすぎたシチューが入っていた。二人分くらい…ある。
面倒なのでそれを温めなおし、パンと果物と一緒にトレイに乗せて病室に向かった。
トントン…
「はい。」
「飯、持ってきた。」
「ありがとうございます。」
ゼフィはベッドの上でゆっくりと起き上がり、頑張って座る。
「無理して食わなくてもいいが、出来るだけ均等に食えよ。」
「はい。」
「じゃあ…」
出て行こうと背を向ける。
「あ、あの…その…よろしければ一緒に食べていただけませんか?」
「…。」
不安で一杯の顔を見て、思わず苦笑が漏れた。
「わかったよ。」
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