気が付くと、ベッドの上だった。ゆっくりと頭をもたげると、窓辺でシャドウが武器の手入れをしている。
「…起きたか。」
振り向いた顔はやはり覆面で…
「ここは…?」
「アルブルグだ。女将に感謝するんだな。朝方までお前を看ていた。」
どこをどう走ったのか解らないが、瓦礫の塔を抜けて、夢中で走り続けて…とりあえず生きている。それだけで嬉しかった。
「そうか。ありがとうな、シャドウ。」
ゴゴは思わず笑い掛ける。
「一つ訊きたいんだが。」
「何だ?」
シャドウは少し言い難そうに窓の外を見、そして口を開いた。
「何処かで会ったことはあるか?」
「…は?」
ゴゴはわけがわからないといった風に首を傾げる。
「何故俺の名前を知っている?」
「ははぁ…」
やっと納得がいった。
今まで素顔を晒した事がないのでわからないのだ。しかし、服でわかりそうなものだが…
ベッドから起き上がり、よく見ると宿の寝巻きを着ている。部屋を見回すと、壁に服が掛っていた。…真っ黒でボロボロだ。買い換えなければいけないだろう。
「俺はゴゴ。昨日までは世界を救うものまねをしていたものまね師だ。」
「…!?」
その時のシャドウの顔といったら…。14人の中で誰よりも動揺しなかったシャドウが目を見開いたのだ。
覆面をしていたのが実に悔しい。
「…そうか。何だか…意外だな。」
「俺の顔、変か?」
ゴゴは不安になる。
自分の顔なんて久しく見ていない。ひょっとして、ウーマロみたいな顔だったら…!?
「なぁ…」
鏡を…と言おうとしたら、ドアをノックされた。続いて人の良さそうなオバサンが入って来る。
「あら。」
オバサンはゴゴを見るなりニッコリと微笑んだ。
「気がついたのね、奥さん。」
「…へ?」
「待ってて、すぐに食事を持って来るわ。」
いそいそと出ていく女将を見送り、ゴゴはシャドウを見た。
「…奥さん?」
「向こうが勝手に誤解をした。魔物に襲われた気の毒な夫婦だそうだ。」
「説明しろよ!」
淡々と述べるシャドウを横目にゴゴはベッドに突っ伏した。なんてことだろう…新しい人生の第一歩がこんな誤解で始まるなんて!
「いや、何と説明をしたらいいのか…」
珍しく言葉に詰まるシャドウ。まぁ、彼の気持もわからなくはない。でも…
「…鏡。」
ゴゴがぶっきらぼうに言うと、シャドウが手近にあった手鏡をポンと投げた。
「……。」
しげしげと鏡を覗き込むゴゴ。
自分で言うのもどうかと思うが、結構な美人だと思う。紅でも引いて化粧をしたら、十人中八人は振り返るレベルだ。伸び放題な髪は切ればいいし…貴婦人に成り上がるのも夢ではないかもしれない。
しかし…
「仕方ない。こうなったらお前の素顔を見なければ。」
ゴゴは掛け布を握り締めて呟いた。
「何故そうなる。」
「うるさい。俺は素顔を晒した挙げ句にお前の妻にされたんだ。お前だけ顔を見せないなんて、ずるい。」
目が座っている。
「待て、誤解…」
「往生際が悪いっ!」
椅子から立ち上がりかけたシャドウにゴゴが凄い勢いで飛びかかる。
「おい!」
シャドウは間一髪でかわしたが、相手の動きの速さに驚いた。しばらく無言で打打発止を繰り返し、遂にゴゴはシャドウを壁際に追い詰めて覆面を掴んだ。
「観念しろ。」
「お前…」
剥ぎ取られないように抵抗しながらシャドウは呻く。
「何故そんなに素早い…」
「甘く見るなよ。俺を誰だと思ってるんだ。世界一の元ものまね師だぞ?相手の動きが予想出来なくてどうする。」
『元』を強調し、手を掛けたままでニヤリと不敵に笑うゴゴ。
「お前こそ、動きが鈍いんじゃないのか?」
「いや…」
「強がるな。どうしたんだ?」
力一杯覆面を引っ張りながら心配するという奇妙な状態。
と、そこに…
「お待ちどうさ…」
食事を持ってきた女将は二人の様子に絶句し、そそくさとお盆を置いて出ていってしまった。
「何だ?」
ゴゴは首を傾げる。
「自分の格好をよく見てみろ。」
シャドウは呆れた目でゴゴを見た。
「ん?」
手はそのままに、ゴゴは少し考える。
「あ、そうか。」
端から見たら抱きついているように見える体勢だ。
「もういい。気が削がれた。」
覆面からパッと手を離し、棚の上に置かれたお盆をテーブルの上乗せる。本当は好奇心が空腹感に負けたのだが、意地でもそんな事は言わない。
「食べよう。」
そして食べる時くらい外すだろうという打算もあったのだ。
「あぁ。」
ゴゴが座ったので、シャドウも向かい側に座った。もくもくと食べ始めるゴゴ。
「中々イケるぞ?」
ソーセージを刺したフォークを片手に首を傾げる。
「もらおう。」
そう言うとシャドウは覆面を…
外さなかった。下の布だけを引っ張り出して黒子のような状態になる。
「汚ねー‥。」
ゴゴの呟きに、シャドウは淡々と返す。
「食事が済んだら取り替えるから問題は無い。」
「そーゆー問題じゃない。」
「百も承知だ。」
「……。」
何て憎たらしい男なんだろう。もそもそと食事を終え、ゴゴはお盆を下に持って行く。
シャドウが行くと他の客が怖がるからだ。
目次へ・・・前へ・・・次へ