素顔。





崩れていく塔の中、ただぼんやりと瓦礫が落ちて来るのを見上げていた。
奇妙な話だが、瓦礫がとてもゆっくりと落ちて来るように見える。地響きのような音さえ、今は遠い。
あぁ…
今まで自分は何をしていたんだろう…?
人を真似て、真似て、真似て…個性というものがあっただろうか?
他人と同じ魔法を唱え、他人と同じ幻獣を召喚し、他人と同じ踊りを踊ってきた。つまずくのさえも同じようにしてきた。
でも…
死ぬ?このまま?
それは嫌だった。何の個性もなく、素顔を隠した…ものまね師としての人生…。物心ついた時から、一度だって誰かを真似しない事はなかった。さっきまでだって、世界を救う物真似をして、仲間を逃がして…今、ここに座っているのは一体誰なのか…。こんな瓦礫の中、誰の真似をすればいい?
嫌だ。まだ死ぬのは嫌だ。
そう、死んではいけない。
生きなくては!
そう決意した瞬間、ゴゴは落ちて来る瓦礫を避けて転がった。
凄まじい音と共に、一瞬前までいた場所が瓦礫に埋まる。ゴゴは素早く起き上がり、出口を探して走り出す。
邪魔だったので覆面は剥ぎ取って口に当てた。もう誰の真似もしなくていい。
自分そう言い聞かせた。これからは、他の誰でもない自分が生きていかなくてはいけない…!
「くそっ…」
思わず舌打ちする。下層まで落ちているので現在地が把握出来ていない。
崩れる塔は道が塞がれ、来た道を帰るわけにもいかない。
しかも走り込んだ場所は袋小路だった。
「行き止まりか…」
踵を返そうとしたその時、視界に見覚えのあるものが飛込んできた。
「?」
近付いてみると…
「お前…」
壁に背を預け、座り込んだ黒装束の男。アサシンのシャドウだ。目を固く閉じたまま、ピクリとも動かない。
「おい!」
肩を掴み、揺さぶってみる。
「ん…」
虚ろな青い目がゴゴの顔を捕えた。
「…しばらく見ない間に…随分美人になったな…。」
微妙に焦点の合っていない顔でゴゴに苦笑を向ける。
「は…?」
目をしばたかせ、ゴゴは首を傾げた。
誰かと間違えているようだ。
「なぁ、ビリー…。」
誰だよ、ビリーって…という疑問は押し込め、シャドウの頬を張った。
パァン!
と小気味良い音がする。
「寝惚けるな!」
その大音声で我に返ったのか、シャドウは辺りを見渡してゴゴに言った。
「誰だか知らんが、早く逃げないと崩れるぞ。」
「お前もだろう。」
ゴゴが睨みつけると、黒装束はゆっくりと肩をすくめた。
「俺はいいんだ。」
「何故?」
「もう、やるべき事はやった。生きている理由など…」
「ふざけるな!」
両手で相手の胸ぐらを掴む。
「これからだろう?お前はこれから『自分のために』生きるんだ!」
…何を言っているんだろう?シャドウを揺さぶりながら、ゴゴは自分で自分が不思議だった。
一刻を争うのに、この男を死なせたくなかった。この男の感情を殺した瞳が…さっきまでの自分とそっくりだったからだろうか。
「お前、アサシンだったよな?」
「そうだが…」
「ボディーガードもやるよな?」
「…あぁ。」
怪訝そうな顔をするシャドウ。
「だったら俺をサウスフィガロまで連れていけ!」
支離滅裂だった。でも、とにかくこの男をここから出したかった。
「いくら世界が平和になっても女の一人旅は危険なんだよ!!」
「…そうか。」
シャドウは立ち上がって呆れたように溜め息を一つつき、いつもの交渉する顔に戻った。
「いくら出す?」
「命があってナンボだ。俺の全財産!」
少し高い位置にある顔に向けて、ゴゴはキッパリと言い放った。
「いいだろう。」
「よし!」
二人は交渉成立の握手を交すと、出口を探して走っていった。




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