二人の吟遊詩人〜月影の詩〜


プロローグ


そこは、山奥の村。北にある峠を越えれば、海のように広大な湖が姿を見せる。
かつて、栄華を誇った都がそこに眠っていた。
静かに眠る都で何が起こったのか、どんな文明が花を咲かせていたのか…
今はもう、わずかな語りべが伝えるのみとなっていた。
聖域。
誰がいつから言い始めたのか、湖はそう呼ばれる。
恐ろしいほど澄んだ水。辿り着けない湖…。
誰も、異議を唱えなかった。



そこは、山奥の村。
湖を一目見に…そんな人々が訪れる宿場の一つ。
冬には湖面に氷が張ってしまう。だから、村が賑やかなのは春から秋までだ。
ある日、その村に二人の吟遊詩人がやってきた。秋も終わりの頃だった。
二人は同じようなローブを着て、目深に被り物をしていた。
「お名前は?」
と村人が尋ねても、二人は声を揃えて
『お好きなように。』
と答えるだけだった。
『吟遊詩人には名前も顔も要りません。』
そう言い張る二人に、村人達は根負けした。
少し背が低くて、赤い髪をしたのがフルート。
少し背が高くて、黒い髪をしたのがライラ。
持っている楽器で決めた名前だったが、二人は気に入ったようだった。
宿泊客もいなくなり、少々寂しくなった村で、二人は今日も詠う。



それは、忘れ去られた物語
それは、ほんの出会いの物語
青い月は絶望を映し
一縷の光が舞い降りる
紅い瞳が見開かれ
地獄の使者が忍び寄る
それは、時が忘れた物語
それは、一人の少女の物語…




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